気がつくともうすっかり朝だった。たぶん、女の人が帰った後泣きつかれてそのうち寝てしまったのだろう。ドアの前ですすり泣いていたというのに今ここはふかふかのベッドの上。いつの間にか服も寝間着に着替えてあったし、大方成歩堂さんが着せてここまで運んだのだろうと思う。…着替えさせられたということは目をつぶりたい。閉じ込められてから今までの初めての外部の者との接触は、結局よりわたしの絶望を色濃くしただけに終わったのだ。なんてことだ。結局マヨイちゃんと呼ばれた人はただたまたま訪れた友人であるだろうし、わたしがここからでれる見込みだってないのだろう。ほんの少しだけ期待していた気持ちがぽっきりと折られ、もう何を考えることも億劫になる。ふかふかのベッドから半身を上げ、何気なく蝋で固められた窓の向こうを見る。すこしだけ見えるコンクリートをぽつりぽつりと歩く人影。わたしがここからどんどんと窓を叩いてみたら、その中の誰かは気づいてくれるのだろうか。時折見えるいろんな人のつむじ。せかせかと歩き、スマホを片手にする人も多いようだった。諦めるには些か早いかのように思うが、少なくともいま絶望に浸っているわたしにそんなことをする気力はなかった。…きっと、誰も気づいてくれない。

そういえば、人の気配…成歩堂さんの気配がないように感じる。嫌に静かな空間。ひとつの物音もしないことに気がついて、そろりそろりとカーペットに足を下ろした。ひたひたと裸足で歩く音。それ以外にやはり音は聞こえない。リビングへ向かっても誰もいない。テレビもついていない。バスタブにも、キッチンにも、人はいない。どうやら成歩堂さんはどこかへ行っているらしい。逃げるなら、いまかもしれない。もちろん家の鍵は内側からかけるはずだし、ここさえも蝋で固めてしまったら成歩堂さんだって出入りできない。…唯一の脱出口は、あまりにも単純なこのドアのみだ。

「逃げ、よう」

ぽつりとつぶやいた言葉。止まっていた足はそのままひたひたと冷たいフローリングを歩く。向かうはもちろん、玄関。わたしの靴なんて無かったけれど、そんなの気にしてられない。裸足のまま逃げてやると、思った。冷たいドアノブに手をかけたその時、扉の向こうから小さな衝撃が走ったのだ。コン、と。それは小さな衝撃で、意識していないとわからないようなモノ。まるでわたしが逃げようとしたことを予知していたような、偶然とは思えないタイミング。それでも聞こえた向こう側からするなにかの音。はっと目を見開いて一歩ドアから離れる。どくんどくんと、脈打つのが五月蝿い。
しばらく、ドアを睨む。じっと穴が開くほど見つめて、神経を集中させる。もしかしたら、成歩堂さんの仕掛けたワナだったのかもしれない。


「……ごめん、ね」


え、とわたしはまた目を大きくさせた。2回目の外部の音は、消え入りそうな声。ドア越しであるので充分には聞き取れなかったが、確かに言ったごめんという言葉。成歩堂さんではない。これは、女の声。すぐにわたしは察知した。このドアの向こうにいるのは、昨日ここへ訪れた女の子、マヨイさんであると。
しかし、一体なぜこのタイミングで。不審に思い辺りをぐるりと見渡す。と、天井の方にこちらへ光らせる黒い何かがあった。…おそらくは、監視カメラのようなものだろう。つまり、このマヨイさんはこのカメラから情報を何らかの方法で得てタイミング良く小突いてきたということなのか。…それはそうか、と自嘲気味に笑う。ここまで犯罪をしておいて、みすみすわたしをひとりで居させるわけがない。大方マヨイさんは見張りといったところか。カメラだって、まったく不思議じゃない。やはり!最初から脱出口は開かれていなかった。…いや、おかしい。それならばマヨイさんは、共犯者ということになる。わたしの存在を、知っている。ああそうか、そうだったのか。どう考えたって、わたしは解放されないのね。ぐっと唇を噛み締める。

「……」

痛い沈黙。ドアを挟んでいてもその貫くような冷たい空気が肌をビリビリと刺激した。ごめんね、それは何に対しての謝罪なのか、考える気にもなれない。わたしは朝起きたときと同じ、また考えることに億劫になっていた。すうっと背筋から冷たい何かが降りてくる。嫌に冷静だった。無理ならば、仕方ない。潔くわたしの足は来た道へと戻ってゆく。こんなにも、順応してしまっている自分が情けない。本当に、情けない。ぽす、とソファに座って成歩堂さんの帰りを待つ。


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