ピンポーン。
ボロアパートの簡素なインターホンが響いて俺は玄関を振り返る。時刻は夜の十時をとうに回っていて人の家を訪問するには中々に常識を外れた時間だと言える。誰が来たとも知れないがしかしまあだからこそ余計に出ないわけにも行かず、低く間延びした返事をしながらのっそりと立ち上がって俺はドアを開けた。そして閉めた。それはもう間髪入れずに。少しばかり荒々しく閉めたために音が立ってしまって近所迷惑を考えたがこの際仕方がないということにしよう。閉めたついでに鍵もかけて俺はため息をついた。外で何だかぎゃあぎゃあ喚くノミ蟲の声が聞こえたような気もしなくもないが無視だ。しばらくノブをがちゃがちゃやる音がやかましかったがそれも喚き声も止みぱたりと静かになったので一息ついて、さて居間へ戻ろうかと踵を返すとことりと錠の開く音がして光の早さで振り向いたが遅かった。抜かった。勢いよく全開にされたドアの向こうには怪しい針金のようなものを持った臨也が不機嫌丸出しの顔で立っていた。ふざけんなそんな顔は俺がしたいくらいだ。もうしてるけど。

「何で閉めるんだよ!」
「何でじゃねえ閉めたもん開けんな!つーかさらっとピッキングしさらしてんじゃねえ死ね!」
「シズちゃん五月蝿い近所迷惑だよ。」
「黙れまず手前が俺の迷惑考えろ。」

人ん家の玄関先でいけしゃあしゃあとのたまうノミ蟲は憤然として頬を膨らませている。空気を含んで膨脹した頬が妙に赤いのに嫌な予感がしたがその予感は悲しいかな見事的中することとなる。なんだこいつ酒臭ぇ。
俺が頭を抱えるのをよそにノミ蟲は手にしていた針金のをコートの内ポケットに仕舞うと(んなもん持ち歩いてるなんてぞっとする気持ち悪ぃ死ね)腕に引っ掛けていたぱんぱんのビニール袋をずいと突き出して来た。がちんがちんと音を立てるその中にぎっしり放り込まれているのは言わずもがな、酒だ。

「シズちゃん一緒のも。」
「ざけんな帰れ。」

アルコールに浮かされた目で媚びるようになだれ込もうとするノミ蟲を一蹴していつの間にか跨いでいた敷居の外に追い出す。いつものそれを考えて抵抗の一つでもされるのだろうと俺は身構えていたのだがしかし奴の反応は予想外の方向に転がった。
特に押し返すこともなく素直に外に出たかと思えば酒の詰まったビニールを重たそうにだらりとぶら下げて、わかった、とらしくもなくうなだれたのだ。ぎょっとして顔を覗き込んで後悔した。奴は力いっぱい下唇を噛み締めてその眼に涙なんて浮かべている。ああなんだよ畜生、調子狂うじゃねえか。俺はこれみよがしにでかいため息を着いて一度追い出したノミ蟲の手からビニールを引ったくって中に引き入れた。きょとんと丸められた涙目が俺を見遣るからいたたまれなくなって舌打つ。

「傷ついちまうだろ。」

噛み締めていた下唇を指で撫でるなんてことをしてしまったのはあれだ、晩飯に食った刺身にあたったからだ。






「手前まだ飲むのかよ。」

先程のべそ顔はどこへやら、都合のいいノミ蟲野郎は狭いテーブルに所狭しと並べられた酒の缶をほいほいと空にしていった。俺もそれなりに飲んでいるとはいえ、家に来る前から顔を赤くするほどに飲んでいたということはこいつのアルコール摂取量は相当だろう。俺好みの甘い酒ばかりを買ってきている辺り本当に俺と飲みたかったらしいのは解ったが、それにしたって飲み過ぎだ。無防備に晒されたVネックの真っ赤な首だとかただでさえ浮かされていた眼がさらにとろんと据わっていたりだとかする様はまあなんというか、非常に目に毒だったりする。そんなもんぶらさげて平気で擦り寄ってきたりするから尚更だ。見るに耐えなくなった俺が、にぎりしめていた缶を取り上げると奴はあからさまに嫌そうな顔をして俺を睨んだ。敢えて言うが本来の意味としての威力は皆無だが破壊力は抜群だ。

「なんで、とるの。」
「手前飲み過ぎなんだよ。明日死ぬぞ。」
「あは、シズちゃん優しいねえ。変なのお。」
ろくに呂律の回らない口調で言いながら頭をこてんと俺の肩に預けてくる。珍しく厭味や悪態をつくことなくご機嫌に頬を緩めるノミ蟲を横目にこいつが来てからもう何度目になるか解らないため息をつくと、へらへらと締まりのない顔をしていた奴はそれを合図にしたかのように突然がばりと頭を持ち上げた。

「し、シズちゃん今何時!?」

慌てたように聞いてくるこいつに驚きながら、なんなんだ忙しい奴だなとまたため息をつきながらケータイディスプレイを確認して時間を告げてやる。すっかりほだされてしまっていることにはなにも言うまい。

「あー、と、十二時ちょいすぎ。」

すると言うやいなや奴は真っ赤な顔をさあっと青くさせて唇をわななかせる。おい顔色紫になってんぞ。ってゆーか用事あんなら潰れる程飲んでんじゃねえよつーかくんなよ。

「うわー最悪!!過ぎちゃったじゃんシズちゃんの馬鹿!!」
「あぁ!?手前勝手にしこたま飲んでベロベロになっといてそれはねぇだろうよ臨也君よぉ?」

いわれのない言い掛かりに若干キレかかるが突然、脱ぎ捨てたコートを漁るノミ蟲にすんでのところで押し留まる。最悪、とか、やっちゃったよ、とかぶつくさ言う割にいっこうに帰り支度をする気配の見えないあいつに、用事あるんじゃねえのか、と声をかけるとやっと目当てのものを見つけたらしい奴は質問への返事は返さずに唐突に俺の胸にそれを押し付けた。

「あ、んだよ?」
「ほんとは、ぴったりに言うつもりだったの。」
「はぁ?」
「った、誕生日、おめでとう…」

ああそいいえば、あした、いやもう今日か。
押し付けられたのはシルバーのシンプルなジッポで、一目に安いものではないとわかる。訳が解らず手にとったそれとノミ蟲とを交互に見るとあいつは少し恥ずかしげにふにゃりと笑った。

「素面の俺だと、追い出されちゃうかな、って。でもねどうしても1番に言いたかった。大好きシズちゃん生まれて来てくれてありがと。」



(HAPPY BIRTHDAYシズちゃん!!/20120128)






食あたり、胸やけ。
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