空気の流れだけがある穏やかな深夜、人の居ない公園のベンチに座って吸う煙草の煙は僅かに移動するのみでその殆どは俺の手元に滞っている。日付を変えて既に一周半した夜中に何の為に外に居るのかといえば別にこれといった用事があるわけでもなく、仕事が終っても何となく家に帰らずにただ池袋をふらついていたら、人の居なくなるような時間になってしまっていただけだ。強いて理由を作るとするなら、手元で靄を作る紫煙のようにあのノミ蟲の匂いがこの街から消えていないから、だろうか。こんなに臭いときっと眠れるはずもないだろう。だから家に帰るつもりもなかったがしかし確かに体は疲労を訴えていて昼間のようにあいつを探すつもりもなかった。
日の高いうちから長く居たのか、それとも今俺の近くに居るのか。匂いであいつを察知してしまうという有難迷惑なセンサーも考えものだなと思いながら短くなった煙草を捩り消して携帯灰皿へ仕舞う。ベンチの背もたれに両肘を預け足を放り投げた状態で脱力しながら溜息を着くと、まだまだ冬の外気は息を白くした。

「おい。」

居るという確信があるわけではなかったがかれこれ8、9年はあいつを見つけだして来た鼻だけを頼りにして何となく声をかけてみた。空振りに終わったとしても俺以外の人間が他にいるわけでもないので気にはならない。声をかけたのだって単なる気まぐれだ。居ても居なくてもどっちでもいいし、居たからといって何か話すことがあるわけでもない。まあ、俺が黙ったところであいつはべらべらと欝陶しく喋るので余り関係ないのだろうが。
暫く沈黙が続いて、ああやっぱり居ねえんだなと思うと、背後からざり、ざりと砂を蹴る音がして少し驚いた。おいおいまじかよ。俺の鼻はどこまでも正確らしい。呆れて思わず苦笑混じりに口角をあげると、ベンチから僅かに距離を置いたところから聞き慣れた嘲笑がした。

「ほんっと、シズちゃんて化け物じみてるよね。俺完全に気配消してたつもりなのに感づくなんてさあ。畏怖の念を抱くよ。そんなに俺のこと好きなの?」

ああ、相変わらず昼も夜も変わらずに憎たらしい奴だ。綺麗な顔して形の良い唇からは毒しか吐けないなんて親御さん泣くぜ。まあこいつのこういうところは初めて会った頃から変わらねえからきっとこの先も変わらねえんだろうな。どうでもいいけど。
しかし俺はこんな捻た奴といつまでこんな関係を続けていくんだろうか。こいつと喧嘩をしないで笑う日が有るんだとしたらそれは平和で何よりだが吐き気がする。逆に殺し合い続けるのも年齢がいけばそうもいかないだろうしじゃあこいつとは顔も合わせなくなるのだろうか。あーあー、面倒くせえ。風の一つでも吹いてくれればどの方向へでも倒れられそうなものの、あいにく今日はひどく穏やかな夜だ。






起き上がり小法師
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -