煌く綺羅の夜 | ナノ


▽ 第二章 二つの喜びと一つの迷い 3


煌瑚が、ヨーシュをつれて戻ってきたとき、鎧綺と由騎夜はすでに起きていた。
しかも、鎧綺は蓮花の手を取り、何かを言っている。由騎夜は少し離れた所から鎧綺を睨んでいる。
煌瑚は、ポケットから小さなナイフを取り出し、静かに鎧綺に近づいて首筋に刃をぴたりとあてた。
その瞬間、鎧綺は凍りついた。
「永眠したい?」
煌瑚は、ささやくように言った。もちろん顔は笑ってる。
「……いいえ…」
鎧綺は凍りついた口を懸命に動かし、かすれた声でそれだけを言った。
「ええと…私はいったい何をすれば?」
ヨーシュは困ったように煌瑚に聞いた。
「二人が起きちゃったから、いいわ。とりあえず、紹介するわ」
煌瑚はナイフをしまい、鎧綺から蓮花を遠ざけながら言った。
「この黒髪のほうが鎧綺で、銀髪のほうが由騎夜。二人とも私の弟よ」
鎧綺と由騎夜に向き直り、ヨーシュのほうへと手を向ける。
「こちら、レイ=ヨーシュ。久しぶりの客だから、馬鹿な真似しないでね」
煌瑚の目はどちらかというと、鎧綺を見ていた。
煌瑚は最後に蓮花へと手を向け、言った。
「そして、この子が海緑蓮花ちゃん。宿屋(ウチ)で住み込みで働いてもらうことになったから」
「えっ!?」「―!?」
鎧綺は嬉しそうな笑顔になったが、由騎夜は複雑な表情になった。
「・・・・手出ししないように。特に鎧綺」
そんな二人を見て、煌瑚は静かに言う。
「分かったって」
―そんな話は聞けないな―
鎧綺は口に出さずに思ったが、煌瑚はその心の声を聞いていた。
「・・・・駄目だからね?」
「・・・・・・・・・・・」
さらに声のトーンを落とした煌瑚を前に、鎧綺は黙るより他なかった。
「あの、煌瑚さん。私は部屋に戻っても?」
「…あ、そうね。夕食ができたら呼びに行くわ。どーせ、客は一人だけなんだから、一緒に食べましょ」
「わかりました。それでは…」
ヨーシュはそういい残し、その場を去った。
「れん・・・」
「蓮花ちゃん、夕食の仕度、手伝ってくれる?」
鎧綺が何か言おうとしたが、煌瑚はさえぎる。
「はい、わかりました!」
二人は厨房に消え、鎧綺と由騎夜は取り残された。
「…せっかく明日デートに誘おうと思ったのに…ちっ」
―…やっぱり狙ってるのか―
由騎夜は小さく溜息をつき、部屋へと戻っていった。


「煌瑚さん、何を作るんですか?」
「そうね…今日は蓮花ちゃんの歓迎会ってことにして、豪華な料理にしようか」
「そんな…歓迎会だなんて…」
蓮花は顔を赤らめた。
「う―ん、何がいいかしら・・・そうだ、特製・牛肉のジューシーソテーをメインにしよう!どう?れんちゃん嫌い?」
「え、あの、好きですけど、れんちゃん・・・?」
「あら、嫌だった?」
「いえ、好きなように呼んでください」
蓮花は、どこかくすぐったそうに笑った。
―"れんちゃん"……そんなふうに呼ばれたの、初めてだなぁ―
「れんちゃん、この材料でサラダ作ってくれる?」
「は、はい!!」
「トマトはつぶさないで切ってね」
煌瑚は牛肉をさばき、フライパンに油をひく。
「へぇ、れんちゃん野菜切るの上手ねぇ」
「そうですか?」
「きれいに切れてるじゃない」
「ありがとうがざいます!」
トントントントン
ジュウゥゥゥ…
厨房からは、リズムのよい包丁の音と、肉の焼ける、何とも言えぬ、あの食欲をそそるにおいがしていた。
―わたし、ここに来てよかったな…―
蓮花は心から、そう思った。

「ヨーシュさん、夕食ができました」
と、呼びにきたのは蓮花だった。
「…もうそんな時間か…」
ヨーシュは扉を開けた。
「…何か、いいにおいだね」
「今日は、煌瑚さん特製・牛肉のソテーなんですよ」
「牛肉のソテー?それは楽しみだな」
宿屋「煌く綺羅の夜」には、宿泊客のための小さな食堂がある。
といっても、客が少ないので、煌瑚たち三人姉弟が利用しているのだが。
そこに、蓮花とヨーシュはやってきた。
食堂には、白い大きなテーブルがあり、煌瑚、鎧綺、由騎夜はすでに椅子に座っていた。
蓮花とヨーシュも、空いている席に座った。
「じゃ、食べましょう。いただきます」
「いただきます」
煌瑚に続いて、鎧綺と由騎夜も食べ始める。
蓮花も小さく「いただきます」と言い、食べる。
―…お祈り?―
蓮花は手を止め、不思議そうにヨーシュを見た。
煌瑚も一瞬、ヨーシュを見たが何となく理解したようで、すぐにまた食べ始めた。
鎧綺は、というと、思いっきり怪訝な顔でヨーシュを見ていた。
由騎夜は、チラッと見て、食べていた。
そんな4人に気づき、ヨーシュは少し照れたように言った。
「・・・これは、私の国の風習というか・・・」
「あ、そうなんですか」
「へぇ・・・」
返事を聞くと、鎧綺は興味を失ったようだった。
「いただきます」
言ってヨーシュも食べ始めた。

その夜は、やけに賑やかだった。

 <第二章 終>

移設20171109




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