煌く綺羅の夜 | ナノ


▽ 第二章 二つの喜びと一つの迷い 1


由騎夜の予感は的中した・・・。
午後になって、食中毒者の大量発生。
村の半分が食中毒になってしまった。
―どうして・・・俺の予感は、悪いことばかり当たるんだ!!―
由騎夜は心の中で嘆いた。


―彼女・・・蓮花ちゃんが、旅をしているなら必ず宿屋(うち)にいるだろう―
鎧綺は、馳せる気持ちを抑えきれずに、家へと急いだ。
しかし、こういう時に限って邪魔が入るもので・・・
「あら、鎧綺、いいところに。これから暇?あーそう暇なんだ、じゃあちょっと付き合ってよ!」
鎧綺に口ごたえをさせずに、鎧綺のことを引っ張っていくこの女は、朱璃といった。
由騎夜の唯一の女友達であり、鎧綺が、姉を除けば、唯一苦手とする女だ。
そんな相手に逆らうことが出来るはずもなく、鎧綺は真っ直ぐに家に帰ることが出来なくなった。


「ここか・・・」
レイ=ヨーシュは宿屋「煌く綺羅の夜」の入り口の前に立っていた。
「こんにちはぁ」
ヨーシュは宿屋に向かって声を上げていた。
「いらっしゃい」
出迎えたのは、暗緑色の髪をした綺麗な女性だった。
「あ、あの・・・こちらは宿屋でいいですか?」
ヨーシュは、出迎えた女性―煌瑚―の美しさに一瞬、反応が遅くなってしまった。
「ええ、そうよ。旅人さん」
「空き部屋はありますか…?」
「まぁ、あなた一人が泊まれる部屋は空いてるわ」
煌瑚は笑顔で返した。
「でしたら、泊めていただけますか?」
「もちろん。ようこそ、"煌く綺羅の夜"へ。私はここの主、棕絽煌瑚です」
「レイ=ヨーシュです。お世話になります」

蓮花はきょとんと目を丸くした。頭の上では天紅がくつろいでいる。
煌瑚の後について入ってきた男があまりにも不思議に思えたのだ。
明らかに色素の薄い白銀の髪はこの地域―生まれて彼女の見たところ―では見たことがなかった。
左耳の耳飾りも繊細な細工が施されており、かなり高価なもののようだった。
そして、何より蓮花に印象的だったのは、彼の夜空色の双眸だった。
(なんだろう…この人、なんだか…悲しそう…)
そんな蓮花の熱視線に気づいたのか、煌瑚が男にさり気ない風に訊ねた。
「ねぇ。あなたここの人じゃないみたいね。…ええと、」
「レイでも、ヨーシュでも好きな方で呼んで下さい、煌瑚さん」
「じゃあ、ヨーシュ。あなた…」
煌瑚はちらりと蓮花の方を見てから
「どこから来たのかしら?」
「……"死者の谷(カリャ・コ−フィ)"のずっと北の地からです」
聞きなれない単語に煌瑚は首をかしげた。
「カラ…何?」
ヨーシュという男は微苦笑してから、答えた。
「とにかく、向こうの大陸からですよ。私自身、ここまで来れたのが不思議なのですから」
と肩をすくめた。
煌瑚は適当に相槌を打ってから、耳を澄ます――が、
その瞬間、ヨーシュの闇色の眼が彼女を射抜いた。

(えっ…!?)

「何か?」
柔かな眼差しがそこにあった。煌瑚は信じられない心持ちで眼差しを受けとめていた。
「あの…」
蓮花は気後れしながらも、意を決して声を出した。
「煌瑚さん?」
「え?」
「その人…お、お客さんですか?」
蓮花は慣れない言葉を遣いづらそうに言った。
煌瑚はそれで我に返った。
「―あぁ。そう。客よ、客。…って、あなたどれくらい滞在するつもり?」
「とりあえず、この…」
ヨーシュは紺色の外套のすきまから手を出した。
「・・・ッ!!」
「あら」
蓮花は絶句し、口を手で覆った。対して、煌瑚の反応は淡白である。
ヨーシュの差し出された右手は包帯が巻かれ、その包帯はどす黒い赤に染め抜かれている。
痛々しい手をすぐに引っこめて、彼は言った。
「手が治らないと、旅をするのも一苦労だということがわかってね。それまではここにいるつもりですよ。手が治れば…もっと大きな街へ行くつも…」
「小さくて悪かったわね」
「あ、いや…別にそういう…訳じゃあ、気を悪くさせたなら謝罪す…」
「べ―つにィ―」
「もしかして、私を嫌ってるとか…?…」
「そんなことないわよ」
煌瑚はきっぱり断言し、微笑んだ。その笑みは、天使のような美しさだ。
「お客さまは大好き?ところで料金は?」
「それが生憎…」
そのとき、彼女の天使の微笑みにヒビが入った。
「…何ですって?」
「紙幣も貨幣も手元に無いんだが…」
「蓮花ちゃーん?」
くるんと回転し、煌瑚は目の笑っていない笑顔を蓮花に向けた。
その底知れぬ静けさを持った声に蓮花はビクつきつつ、応えた。
「はっはい?」
「ホーキ、もってきて。私、塩もってくるから」
「なっ、なんでですか?」
「決まってるじゃないっ」
ふん、と自慢気に鼻を鳴らして、美しき女主人は言った。
「疫病神はドライブ・アウェイよ?この男を追い出すの!」
「うわっ!金はないけど、金(きん)はあるんだ!!それじゃダメなのか!?」
「あっそう、ならいいわ」
これまたあっさりと、煌瑚はほうきを床に置いた。
「蓮花ちゃん、彼を部屋に案内してくれるかしら」
「は、はい」
「じゃ、ヨーシュ。料金の話は後ほどゆっくり?とね」
「……楽しみだよ…」
ヨーシュはぐったりと呟いた。

移設20171109




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