▽ 第十四章 朝に霧の立つ日 1
未だ、暗い。
それにも関わらず、目は冴えている。
目を覚ましたのはいつだろう。
自分の意識がはっきりしていることに気付く。
(・・・駄目)
もうこれ以上眠ることができないと判断し、蓮花は体の毛布をおろした。
一瞬、体が震える。
(何だろ・・・寒いや)
窓のカーテンを開ける――――白い。
深い青の広がる景色が。淡く白がかっていた。
「あっ・・・・・・これ、霧・・・・・・」
開いた窓から入る空気は、少しだけ冷たい。
杜樂に来て、一体どれだけの時が流れたのだろう。
1ヶ月にすら到底満たない。
ほんのわずかでしかない時間は、だが何故だか、長く感じる。
鳳俊から出る手助けをしてくれた、名も知らぬ旅人。
由騎夜、鎧綺、煌瑚、ヨーシュ。それに、稚林、朱璃、緋耶牙。
自分を受け入れてくれる人に出会うことのできた、この数日間が。
(―――そうだ!)
蓮花は窓を閉め、机に向かい、明かりをつけた。
宿屋の客室用の机だが、引き戸もついており使い勝手は悪くない。
その引き戸から、袋を取り出す。
杜樂に来る前、別の町で買ったものだ。
その中から若葉色の便箋を1枚、抜く。
洋筆を手に取り、それを走らせた。
『 拝啓 伽代 駿模 殿 』
本当は気付いていた。
様々な町や村をまわり、時が流れていくうちに。
『 突然のお手紙、驚かれることと思います。 』
“癒しの力”が、よからぬことを企む人間に狙われているということ。
無力な自分の父と母では、それに対応できないということ。
『 私は今、杜樂という村にいます。小さな村ですが、とてもいいところです 』
守っていてくれたのだ、ということに、気付くのが遅かったのかもしれない。
“鳳俊”に駿模、四葉、自分。
『 私は、17歳になりました。鳳俊を出てから、もう1年が経ったのですね。…どうか、私のことをお許し下さい。 』
何処で擦れ違ってしまったのか。
何が足りなかったのだろう。
『 私は、駿模のおじさんのことを誤解していました。自分のことばかり考えて。
例え、どれ程謝罪しても足りません。 』
恐らくそれは、言葉であったのだろう、そう思う。
だからせめて、自分の精一杯の言葉を伝えたい、と。
『 おじさん、私は今、とても幸せです。杜樂の人達もみんないい人ばかりです。
ついこの間、お兄ちゃんが来ました。その時には色々なことがあったのですが、
それは長くなるのでやめておきます。
お兄ちゃんは、何も言わずにいなくなってしまいました。 』
手が、一瞬止まる。
次の言葉を捜し、躊躇い、そして書く。
『 駿模のおじさん、こんなことは私に関係のないことかもしれませんが、あえて書きます。
お兄ちゃんと、仲直りして下さい。
おじさんと、お兄ちゃんが、擦れ違ったままなのは嫌なんです。
元をたどれば原因は私なのだと思います。だから余計に辛いんです。
でしゃばったことを書いてごめんなさい。
そして、最後に1つだけ――――― 』
蓮花は一文を書き終えて、洋筆を置いた。
便箋と同じ色の封筒に、2枚になった便箋を入れる。
それを机に置いたとき、手が震えていた。
(大丈夫・・・きっと、届く)
手紙と、言葉。
『 私を守っていてくださって、本当にありがとうございました。
私は駿模のおじさんのこと、大好きです。 』
――秋が、やって来た。
移設20171202