煌く綺羅の夜 | ナノ


▽ 第十三章 過ぎた嵐―激動の果てに― 1


「じゃ、由騎夜、俺は行くからよ。赤ン坊が出来たら見せにこいよ?蓮花さん、こいつを頼みますね…」
「ちょっ、あっ、師匠!!」
ダラムは言うことだけ言って飛んで帰ってしまった…。
ダラムの発した言葉に由騎夜は赤面している。
蓮花は…理解してないようだった。
「あ、そうだ。…蓮花ちゃん、朝食作ってしまおうか…」
「そうですね」
「…けど、本当によかったの?…四葉さんの、こと」
「はい、もういいんですよ、そのことは」
蓮花は何かを振りきるかのように、台所へ向かった。


――ガタン コンコン
窓が鳴った気がした。
いや、鳴ったのだが…。稚林は驚いて、窓を見る。
「…鎧綺くん!?」
稚林は窓を開ける。
「おはよう、稚林。悪いな、こんな朝早くから…しかも窓からで」
稚林は目を真ん丸にして驚いている。
「鎧…綺、くん?どうしたの…」
「うん。ちょっと話したいことあって…いや、顔が見たくなって…かな?」
(顔が見たくなって?…私を?どうして?)
「なぁ、稚林。お前…『お友達になって下さい』って言ったよな?」
稚林は頷く。
「…あのさ、今までの俺たちって一体なんだったんだ?」
「え?」
「俺的には友達のつもりでいたんだけど違ったの?」
鎧綺の言い方は…どうもイヤらしい。
「あ…の、それは、えっーと…」
稚林は困っている。突然の鎧綺の訪問…そして言った言葉に。
「いやさー、もし…う゛〜ん。…そうだな、稚林さ、俺のことどう思ってる?」
その瞳は、稚林を射抜くかの如く鋭い。
「えっ!!…(赤面)鎧綺くんのことを…?」
「あぁ…」
「どうって…」
「俺は稚林が好きだよ…。愛してる…」
稚林は卒倒しそうになったが、それを鎧綺が抱きとめる。
「あ…っ、か、か、鎧綺くん!?…あっ?!」
鎧綺は抱きとめた稚林に…稚林のその唇に軽く口づけた。
「…もし稚林さえ、嫌じゃないなら宿屋ウチで一緒に暮らさないか?今ならもれなく蓮花ちゃん付き!」
「えっ?あっ…えっ?」
かなり動揺しているのは明確だった。
「まぁ、最後のは冗談だけど…俺はマジで言ってるからさ…どう?」
「どう、って…わ、わた…し…はっ…」
稚林は言葉さえろくに紡げずにいたが、やがて、じっと鎧綺を見上げた。
「わたし…わたし、なんかでいい、の?」
「稚林だから、いいんだよ」
そう言ってから、鎧綺は少し後悔した。稚林が泣き出したのである。
「…泣くなよ…」
「だって…泣きたく、なく…っても、出てくる…だも…、うれしいの…にっ…ごめっ…」
「はいはい」
と言って、鎧綺は細い彼女の体を抱き寄せた。


既に、その後ろ姿は見えなくなっていた。
踵を返して、宿屋への足を速める。決して走りはせず、ヨーシュはほとんど無意識に歩く速さを上げていた。
言葉を呟くこともなく、扉の前に立つ。
そこで、ヨーシュは息を整えた。
(・・・大丈夫だ。安定しているじゃないか・・・)
胸中で呟き、扉を開く。不思議と体は軽く感じられる、が、妙な高揚感に水を差すかのように音が耳に入り込んできた。
音の方向を見ると、人――少女が立っていた。
ヨーシュは思わず彼女を凝視する。
(・・・ソー・・・)
「ヨーシュさん?」
名を呼ばれて、ヨーシュは口に出そうとした名は全くの場違いであることに気づいた。
(よりによって・・・妹と間違えるとはな・・・)
一人で何やら苦笑いをしている彼に、蓮花はきょとんとした。
「ヨーシュさん、どこにいってたんですか?」
「あぁ・・・ちょっと、ですね」
「あの、朝食できたので、呼びに行こうと思ってたんです」
「ありがとうございます・・・けれど」
蓮花の顔を見て、ヨーシュは微苦笑をもらした。
この少女に親近感を覚えた理由がわかった気がした。彼は笑った。
「けれど、遠慮しておきます。今は食欲がないんです」
むしろ、この瞳のせいで自分の体がなくなっていく錯覚におそわれる。
「でも、ヨーシュさん昨日から何も食べていないんじゃ・・・」
「言われてみれば、そうかもしれないね・・・残念だけれど、私は食事より睡眠の方が欲しいのですが」
蓮花ははっとした。それから、心配そうな顔をして言ってくる。
「あの、でも、食事も眠るのも、大事ですよね・・・」
「そうですね」
「でもっ…でもっ…」何か言いたそうにしながら、彼女は口を噤む。うまく言葉が浮かんでこないのだろう。
ヨーシュは一瞬迷った。台所の方を見て、少女を見る。彼女はこちらを不安そうに見てきている。
笑いかけて、左手で眼帯を掴んでほどく。呆気なく、眼帯はとれた。
蓮花は驚いたようだった。
「目は…大丈夫ですよ。今は痛むこともないし、少なくとも正気は保ってます」
「…その、アザは…?」
彼女は彼の真紅に変化した右眼のあたりを見て言った。ヨーシュは自分の頬の紋様のある部分をさする。
「この目のときに浮かんでくるんですよ。気味悪いですよね」
呆気にとられている蓮花の肩をぽん、と右手で叩いてしまい、少しだけ痛がりつつヨーシュは告げた。
「とりあえず、私は少し寝ます。夕方になっても起きてこなかったら、起こしてくれませんか」
彼はそう言って階段を登っていった。

移設20171202




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