煌く綺羅の夜 | ナノ


▽ 第十章 祭の夜 8


鎧綺と稚林は2曲立て続けに踊って、今は近くに設けられている休憩所で休んでいた。
「稚林、大丈夫か?ごめんな、付き合わせちまって…」
「えっ、全然…楽しかったから…」
稚林の顔が紅潮しているのは、踊った暑さのためか鎧綺とこうして一緒にいられるためか、わからなかった。
鎧綺は踊っている若者をみて笑っている。
そんな鎧綺に稚林は思い切って聞いてみた。
「あの…鎧綺くんて…好きな人いるんですか?」
鎧綺は少し気の抜けた顔をした。
それから、笑顔でこう言った。
「女の子はみんな好きだよ」
(・・・アレ?からかわれた・・・?)
「けど・・・今、異性として好きな人って聞かれると悩むなぁ・・・」
(悩む?どうして?)
「最近いいなと思う子と、前からいいなって思ってた子がいて。その子達がとっても仲良いから」
鎧綺は、普段見せないような本当に優しい眼差しで稚林を見た。
彼の意味ありげな言葉に、稚林は灰かな期待をしながらも混乱した。
「えっ・・・っ わ・・・わたしっ 」
胸筋を突き抜けてしまう勢いで稚林の心臓は大きく鼓動する。
「あ、あ、あの、鎧綺くんっ」
「ん?」
顔を真っ赤にしてうつむきながら、稚林は言った。「わ、わたしと・・・・・!」
彼女は両掌を固く握りしめた。

「わたしと……お友達になってください!」

(――――……え?)
鎧綺はぽかーんと口を開けはしなかったが、目を点にした。
(…いっ言えたっ…!)
あとは返事だけだ。
「・・・・・・いや、別にいいけど?(じゃあ、今までの俺たちは?)」
「――ほんと?」
稚林はぱっと顔を上げた。
夜空に瞬く星たちにも劣らない笑顔をむけて、彼女は言う。
「…嬉しいです」
「――稚林」鎧綺が口を開いたとき。
耳をつんざくような音が頭に響いた。正確にいえば、それは人の声だった。
辺りを見ると、円舞の音楽も止み、踊っていた若者たちも呆然と立ち尽くしている。
(・・・・・・今のは・・・)
まさか、と考える前にドサッと倒れる音がした。隣を見ると、稚林が気を失って休憩所の椅子に倒れこんでいた。
「稚林ッ!」


頭に響いたのは何だったのか―――
だが、今はどうでもよい。
ヨーシュは腕の中にうずくまる彼女を見つめていた。
(…煌瑚さん…)
「何なのよ、今のは・・・」
上から聞こえた呟きに、顔を上げると以前酒場に来たときに会った娘が、呆然と、しかし畏れた表情をしている。
確か、ネオンという名のその娘は怯えた顔を引きつらせた。
「やっぱり・・・この女化物なんじゃない!…気味の悪い女・・・!!」
祢音の一言で酒場に穏やかではない空気が流れる。人によってはこそこそと悪罵を吐いた。
嫌でも耳に届く冷たい暴言にヨーシュは猛烈な憤りを覚えた。
「・・・化物が」「不気味だ」などと呟く声が聞こえる。
(こんなこと・・・・・・これじゃ、−あの時−と変わらない!!)
誰の呟きかはわからない声が言った。
「なんておそろしい化物だろう」ヨーシュは煌瑚の体を強く抱いた。
「―――やめろ!」
ざわめきがぴたりと止む。
痛みだす右眼。理解していても、止められない。それが激しい苦痛になると警告されていたとしても。
それは痛みと共に心の底で古傷のように疼き出す。
「あなた方が……彼女を追いつめているのだと、わからないのか!?そのような弱さが人を苦しめるということを…!…あなた方は、」
ヨーシュは口をつぐんだ。先刻、歌に心を傾けてくれた人々にそれ以上は何も言えない。
煌瑚を抱き上げて、彼は無言でその場を立ち去った。
開かれた扉は小さく軋んだまま、しばらくは閉ざされなかった。


――不気味な静寂が村を包んだ。

 <第十章 終>

移設20171118




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