煌く綺羅の夜 | ナノ


▽ 第十章 祭の夜 7


(――今、何か・・・?)
蓮花は立ち止まった。
頭の中に$コが響いたような気がしたのだ。
(違うよね。そんなことできるの、お父さん≠セけだと思うし…)
ここに来る前に、同じようなことがあった。
気のせいだ、と思い込む。―だが、それは由騎夜にも届いていた。
(・・・何だ、今のは)
姉の声に似ていたようだった。
だが姉が、自分の診療所まで―ましてや祭の夜に外に出歩くなど有りえないことだ。
鍵を開ける。
「先に入ってて」
―やはり気になって、由騎夜は静かに辺りを眺めた。
姉どころか、人の気配すらないようだ。
心の奥に何か引っかかるものはあったが、とりあえず診療所へ入る。
(電気が…ついてない?)
中は暗かった。
先に蓮花がいるはずだから、暗いほうがむしろおかしい。
待合室の辺りにはいない。
そのかわり、診療室の戸が開いていた。
近付いて明かりをつけようと、壁に手をのばす。
そこで、由騎夜は動きを止めた。
―蓮花は、由騎夜がいつもいる椅子に座って、窓から外を見ていた。
硝子越しの村は満天の星空のようで、何色もの光がただぼんやりと煌いていた。
手を下ろし、由騎夜は言った。
「君は、何処から来たんだ?」
今なら聞ける、と、何故か思った。
「…わたし、は…鳳梭から来ました」
蓮花は手を軽く窓に当てたまま、振り向かない。
何となく、予想はついていた。
『鳳梭』の-伽代-四葉が来たときから。
「・・・何故?」
静かに立ち上がった蓮花は、机の上の花に目をとめたようだった。
それは完治した患者がおいていった鉢植えで、枯れかけたので肥料を与えて様子を見ているものだ。
優しく微笑んで、愛おしそうに花へと手をふれる。
蓮花がそうした瞬間、萎れた花はゆっくりと天井を仰ぎはじめた。
「・・・癒しの力・・・」
結論は、煌瑚と同じ所に辿り着いた。
触れただけで傷を癒す、何万人に一人しか持たないとまで言われる、神秘の力。
その使い手が鳳梭におり、伽代家に監禁状態だ、と魔法学校にいたとき聞いた。
「わたし、逃げてきちゃったんです」
分かりきってはいるが、『どうして』だとか、『どうやって』だとか。
聞きたいことはあったが、由騎夜は黙っていた。
「…でも、伽代にいるときに辛かったとか、そういうものじゃないんです。駿模のおじさん、本当はすごくいい人だし、それに、お兄ちゃんがいて」
『お兄ちゃん』―伽代 四葉。
蓮花とは兄弟以外の何かがあると思ったが、それを本人から言われるのが実は、恐かった。
「これ、ナイショなんですけどね。お兄ちゃん、私の初恋の人だったんですよ。よく一緒に遊んでくれて、すごく優しくて・・・今も、全然変わってなくて」
勝てない、と思った。
頬を赤らめる蓮花は可愛らしい――だが、言っていることが、由騎夜には辛かった。
確かに2人の年齢は離れている。
だが、それが何だというのだろう。関係ない。
半ば自暴自棄で、由騎夜は最後の懸けに出た。
「・・・・・・だった?」
蓮花は少しだけ考えるようにして、そして笑った。
「今も大好きです。ずっと変わらない」
「・・・・・・」
「だけど、お兄ちゃんは、お兄ちゃん≠ネんです」
それはどういう意味なのか。
言葉の通りに受け取るとしたら。
由騎夜は、机を隔てた蓮花を真っ直ぐに見た。
蓮花は、窓のほうを向いていた。
「綺麗ですよね。…鳳梭の夜景は、いつもこんな感じでした」
外を見つめる横顔。
今しかない、今しか言えない、と。そう思った。
蓮花と肩を並べて、由騎夜は覚悟を決めた。

「―――蓮花ちゃん」

意を決して由騎夜はその名を口にした。
初めて口に出して呼んだその名前。
ずっと呼んでみたかったその名前。
その存在が由騎夜(じぶん)を大きく変えたことは十分にわかっていた。
彼女にとってはただの宿の女主人の弟でしかなかっただろう…。
「何ですか?」
彼女は自分が初めて名前で呼んだなんて気づいてもいないに違いない。
それでも構わなかった。今、隣にいてくれるだけで。
「…俺は今まで鎧綺にずっと…勝つことなんてできなかった」
蓮花は黙って由騎夜の話を聞く姿勢だ。
「でも…今回だけは絶対に負けたくないと思った。いや…勝ち負けじゃない。俺自身が諦めたくないと心から思ったんだ」
それはまるで、自分に言い聞かせている様だった。
「また、玉砕で終わるかもしれない。でも、それはそれでいいと思っている。諦めなかっただけ成長したと思えるだろうから」
由騎夜は、蓮花の方を向いた。
その視線に気づき、蓮花も由騎夜を見る。
必然的に重なった二人の視線。

「蓮花ちゃん、君にとって俺は・・・どんな存在?

 俺は君が好きです・・・」

移設20171118




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