煌く綺羅の夜 | ナノ


▽ 第十章 祭の夜 5


――カラン、カラン
「いらっしゃい…おや?煌瑚ちゃん一人かい?」
低い響きを持った声…緋耶牙の父は、杜樂唯一の酒場『蘭香』のマスターである。
「一人じゃないわ。コイツが一緒」
と、天紅を示す。そして、カウンターに腰をかけた。
「今日は何にする?いいウィスキーが入ってるが」
「じゃあ、それにするわ…」
「はいよ。天紅(そっち)は…何がいいかな?ミルクでいいか?」
マスターは天紅にも聞いている。天紅はしっぽを振って、それでいいことを示した。
「よし、よし」と反応していると
もう一度、カランカランとドアの鐘が鳴った。
入って来たのは長身で白銀の髪の男。
「いらっしゃい・・・おぉ、お前さんか」
「どうも。お約束通りにやって来ました」
ヨーシュは、にっこりそう言った。
「そうか、ありがとう」
と、二人が会話をしていると鋭い一声が飛んできた。
「何で、ここにいるの?」
「あ・・・煌瑚さん、いらしていたんですか?」
「いらしていたんですか、じゃないわよ(怒)付き添いはどうしたのよ」
声が普段より低いのは気のせいか…気のせいではなかった。
「彼がいますから…大丈夫ですよ」
「そういうことを保証できる自信はどこからくるのよ」
「単なる推測なのですが。…大丈夫ですよ、なんか危険っぽい方は目をつけておきましたから。…じゃあ、調律をしなくてはいけないので。といっても、組み立てからなんですけどね」
「あっそう…」煌瑚はくるっとヨーシュに背を向けた。
顔に疑問符を浮かべて、ヨーシュはマスターに目で問いかける。マスターは小さく肩をすくめて、すぐ作業にとりかかる。
気を取り直して、ヨーシュは言った。
「あの、煌瑚さん」
「何よ」
「まだ、いて下さい。何曲か弾きますので、聴いて下さいね」
「……飲み終わるまではいるわ」
ヨーシュはカウンターから離れて、一つのテーブルから椅子を持って壁際に座った。
袋から彼がとり出したのは、青銀の奇妙な鉄器だ―――ヨーシュはその鉄器を手早く組み立てる。
その鉄器は一分も立たないうちに竪琴(弦のない)のようなものになった。
ことん、と置かれたグラスを手にとると、マスターは言った。
「煌瑚ちゃんは彼の曲を聴いたことがあるのかい?」
「・・・・・・・・・ない」
煌瑚は一口飲んでから答えた。後ろではヨーシュが弦を張るのを終え、調律を始めている。
まばらな音色が酒場に流れ始める。
「マスター、彼かい?マスターが言ってた旅の吟遊詩人ってのは(←ちがうって)」
「あぁ、そうだ(←ちがうっつーの)」
常連客の男に答えたマスターに、煌瑚はつっこんだ。
「……あの人、商人だとか言ってたけど。自分のこと」
「へぇ?本当かい、煌瑚ちゃん。や、嘘ぢゃないんだろうが…そりゃ大変だ、みんなに触れまわっちまったよ」
「「何て?」」
煌瑚とマスター・惺(ショウ)は同時に訊いた。
客はびびりながらも、答える。
「え、いや…異国の吟遊詩人が蘭香(ここ)≠ノ来るって言ったけどなぁ…」
その時、軽やかな旋律が男の声を止めた。
「遠かなる古の歌 語られしは散りし英雄たち=v
ヨーシュが軽く口ずさんだのは異国の言葉で歌われたものだった。
「……ちょっと低いけれど、いいか。…マスター」
椅子から一度立ち、ヨーシュは告げた。
「約束通りに拙い技量ではありますが、どうぞお聞きください」
浅く一礼して席に着き、ヨーシュは煌瑚の方を見た。煌瑚と必然ながら目が合う。
「ウィス・バライ・フェーナ・イノア・ラヌセル=c(※恋心)」そう言って彼は微笑む。
  遥か遠き古の歌が人の心に語るは 散りし英雄たち 天より生まれ落つ神よ
  大いなる英雄たちを讃え 語るべく歌声を 我に与えよ
短いその歌は『序詩(テイ・バリス)』という曲で、詩人たちが前座として歌うものである。
煌瑚が不意に周りを見ると、来たときの人の数が倍に、どんどん増えている。
耳を閉じる気にはならなかった。いつもの酷い雑音がほとんど聞こえないのだ。
遠くに感じるざわめきをわって、ヨーシュの声が響く。
「・・・次の曲目は『恋情』。故郷に伝わる恋歌に私が作詩と編曲したもので、語りの次に好評を頂いています」
彼の指は歌姫(バルシェラ)≠フ弦を弾きはじめた。

―愛すべき人よ 貴女は光のよう  夜闇に輝く月の光より 優しく 清らかに 色あせることのない  輝きを心に抱く

低くもよく透る声は甘い歌を紡ぎだす

 私の心を歌にして 温かな光に包まれる貴女に歌を捧げよう  心からの調べを大地に響かせて―

聴衆は心に触れるような彼の歌に聞き入っていた。



広場では円舞が始まっていた。
村の楽団の奏でる舞曲に合わせ、村の若者(主として未婚)が踊る。
「あ、もう始まってるなぁ」と鎧綺は呟く。
「結局、れんちゃんやお兄さんに会えなかったですね…」
「そうだけど…でも大丈夫だって。…稚林、俺たちも踊る?」
「え…えぇっ!?」稚林の反応は鈍かった。
「でででもっ、それっそれってこっ…こいっ」
「…恋人みたいって?」
一瞬で稚林の顔は紅潮した。鎧綺は悪戯っ子のように笑う。
「そんな気にすることないって、もう暗いし顔もわかりづらいから人目は気にしなくても大丈夫っ」
「そ、そうじゃなくって…姉が…」
「じゃあ、踊ろうか」鎧綺は無視した。
充分魅力のある彼女が姉のせいで、魅力を隠してしまうことは勿体ない。
「でっでも、お姉ちゃ…」
「稚林」鎧綺は振り向いて、稚林の華奢な腕をとる。
そして。
「俺と踊るのは、嫌?(それにしても細い手…)」
「そ、そんなことないっ!……っけど」
赤面する稚林に笑いかけ、鎧綺は告げる。
「なら、決まり。行こうぜ、稚林」
こくん、とはじらいながら頷いた稚林を見て、彼は小さくガッツポーズをしていた。
(嬉しい…!……でも、お姉ちゃんに見られたら、どうしよう…)
複雑な心境の稚林だが、それは杞憂に済んだ。
何故なら、彼女の姉・祢音は酒場にいるのだから。

移設20171118




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