煌く綺羅の夜 | ナノ


▽ 第七章 小波立ちて大波来たる2 3


「何、してんの?」
椅子に座り、何か考えこんでいたヨーシュが何の前触れもなく顔をこすりだしていた。
鎧綺は部屋にもどっている。従って、空間を共有しているもう一人がもぞもぞしているのは―しかも、意図は不明―居心地は好ましくない。
煌瑚の問いに、ヨーシュは顔を背けたまま答えた。
「あぁ…えぇ……と、…うぅ。目が…」
「目?擦ってるの?」
「さっきから、かゆいんですよ…うっ…」
はふ――っと、嘆息し煌瑚はヨーシュに歩み寄った。
子供にやってやるような気怠げな手つきで、ついでに口調もそうして彼女は言った。
「かゆいからって、擦らないでよ。子供じゃあるまいし」
「あー…煌瑚さんって、言うことが母親みたいですねぇ…」
「…あのね。…ねぇ、随分一生懸命こすったのね、赤くなってるわよ」
ヨーシュの頬に指をのせて、煌瑚は彼の顔を覗きこむ。
ふと、煌瑚は自分と同じように、ヨーシュが自分の目を見ていることに気づいた。
意識すると、彼の直線的な眼差しから顔を背けたくなる。
しかし、夜空色であるはずの右眼が真紅に見えたような気がして、目が離せられなかった。
唐突に、彼の顔にあの・・少年の顔が重なる。全く似通ったところはないというのに。
少年は言った。化け物≠ニ―――。
煌瑚の頭の中を、下らない記憶がまるで引きずり出されるように、巡った。
体の力が抜けて、かわりに強烈な陶酔感に体を支えられる。それでも煌瑚は彼の目を見ていた。
「―――煌瑚さん!!」
鋭い語調でヨーシュが叫んで―――。
その声に煌瑚は意識がはっきりしていくのを感じた。陶酔感と頭の霧が晴れて消えたが。
(吐きそう……最悪っ…)
脳を容赦なしにかきまぜられたような不快感と二日酔い―経験はあまりないが―の時の鈍痛が一気に頭を苛む。
煌瑚は側頭部をおさえてうめいた。
「何?…何なの…」
煌瑚、さん……大丈夫…ですか?」
「―――あなた、何なの?」
ヨーシュの夜色の双眸が見開かれて、彼女は気づく。
それは、言うべき言葉ではなかったのだ。
煌瑚は答えてこないヨーシュに背を向けて、部屋にむかおうとした。
後ろで椅子の音が鳴り、彼の、わずかに上擦った声が聞こえる。
「煌瑚さん、ちがうんです。あれは…」
ヨーシュの指が服の上辺に触れるか触れないかのところで、煌瑚は反射的に振り向き、距離をとっていた。
行き場のなくなった手を下ろさずに、ヨーシュは呟いた。
「……煌瑚さ」
「何がちがうの?さっきの…あなたの目、変だった。まるで…」
「人間、ではない…?」
煌瑚は無意識に身を硬くしていた。
ヨーシュは感情のない微笑を浮かべた―もしかしたら、彼なりの気遣いかもしれない―。
「化物みたい、とか………怖いですか?」
―――言うべきではなかった。例え、そう思ったとしても。
黙っているのを、肯定だと思ったのか――彼は微苦笑した。
「怖がらせてすみません。…煌瑚さん、辛そうなのに」
それだけ言い残すと彼は宿の外へ出ていった。

宿から人間が一人出てきた。長身の部類に入る男だ。
ぼーっとした面持ちでこちらの方に歩いてくる男の頭上ではを、妙な生物が飛んでいる。
生物図鑑のどこかで見た気はするが、名称は曖昧だ。
生物は男の頭に突撃――彼の見たところでは――した。男が転ぶ。顔面から。
(……間抜けだ)
と、彼――伽代四葉は胸中で呟いた。
生物を頭にのせたまま普通に歩いてくる男と、あと数歩の距離で四葉は少し驚いた。
その男が近くに来るまではわからなかったが。
「間抜けの割には、魔力が高いな」
「…はい?」
男は目をしばたたかせた。突然、見知らぬ他人にそんなことを言われては、仕方のないことだろう。
銀髪に形容し難い暗い青い目の男は、はっとした。
「…君は…?」
「四葉。…成程、その耳家飾りが魔力を抑えてるのか。それをつけてると、普通の人間みたいだな」
四葉の遠慮のない言葉に、その男―ヨーシュの目つきが険しくなる。
「…目が怖いな」
「……とりあえず、君は前髪長いよ」
「それが初対面の人間に言う言葉か?」
納得できない、と言いたげな表情でヨーシュは口を閉じた。頭の上では天紅が四肢を広げている。
軽い驚愕を覚えつつ、四葉は淡々と告げる。
「火の精霊族と竜…それも上級の、か。手厚い加護を受けているようだな。」
「そうでもないさ……それより、よくわかるね。よい目をお持ちですね…誰にも、分からなかったんだがね」
「…中途半端な力量の者にはわからない。よほど魔力を抑えこんでるらしいな、それは」
左耳の翡翠色の耳飾りに触れて、ヨーシュは口元に笑みを浮かべた。
「これは、特別製なのでね」

移設20171115




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