煌く綺羅の夜 | ナノ


▽ 第七章 小波立ちて大波来たる2 2


煌瑚は考え込んでいた。
またしても、心の声≠ェ聞こえなかったのだ――ある単語を除いて。
客だというその男は、二階にいる。
宿帳には、丁寧な字で『四葉』とだけ書かれていた。
(よつば…じゃないわね、多分、四葉(しよう))
珍しい名だ―関係ないが、そんなことを考える。
珍しい、といえば、ここ数日間の客の入りだ。
一週間にうちに三人、うち一人は従業員だが。
これは、山々に囲まれた杜樂にとって、多い。
今来た客も、旅人なのだろうか。
―それにしては、いささか暑すぎる格好だった。

  夏だというのに、黒のマント。
  その下にも、また黒い法衣だ。

ほぼ確実に魔導師だろうが―とにかく暑苦しい。
宿帳を机上に置き、今日の昼は何を食べようか、などと思いつつ何気なく鎧綺を見る。
当の鎧綺は、右の肘を机にたて、手に顔をのせて、考え込むようにして座っていた。
大した意味もなく―こういう場合は、声をかけるのだろう。煌湖は言った。
「どうかした?」
鎧綺は我に返ったように、顔を上げる。
「あ、いや…さっきの客が」
扉が顔を直撃したことでも、怒っているのだろうか。
「客が…何よ?」
「魔力強いな、と思って」
「ふうん…」
魔力≠ニいうものが、どういったものであるか、煌湖は知らない。
鎧綺と由騎夜にはあるが、何故か煌湖にはないのだ。
従って、それが強いも弱いも訳が分からない。
「あんだけ強いのは、そうはいないと思うけどな」
「そう」
何となく思いついて――自分でも馬鹿げている、と思いながらも煌湖はさらに言った。
「ねぇ、四葉≠チて知ってる?」
だが鎧綺は、普通に答えた。
「四葉って、伽代四葉か?」
「…伽代?」
伽代とは、大都市鳳梭≠治める家の名ではなかったか。
「聞いたのはそっちだろ…四葉なんて名前、そんないないだろ」
確かにそうだ、と思いつつ、煌瑚は鎧綺の前へ移動した。
「で、どんな人な訳?」
「どんな、って顔とか知らないし……俺が行ってた魔法学校でもちょっとした話題になってて…鳳梭にある魔法学校の総本山つーか、一番レベルの高い学校を、首席で入学・卒業したらしいけど。今の伽代家当主の駿模って奴の息子だよ。要は時期当主」
「鳳梭の、ね」
言われてみると、そんな話を聞いたことがあった気がした。
―そして、もう一つ、思い出したことがある。
とある旅人から聞いた、伽代家に監禁されている癒しの力≠フ使い手のことだ。
話は、頭の中で一つにまとまった。
鎧綺の話を聞く限り、ぞっとしない話だが。
最初は、花か何かのことだと思った。
だが。
唯一聞き取れた四葉の心の声――『蓮花』は、この場合――。

そんな煌湖の考えとは裏腹に、階段を降りてきた四葉は至って普通だった。
「すみません…水いただけないでしょうか、喉が渇いて」
そう言って四葉は煌湖から水を貰うと、ちょっと探しものがあるので≠ニ村へと出かけて行った。
(…また、何も読めなかった…)
ヨーシュが宿屋に帰ってきたのは、四葉が村へ出かけてすぐのこと。
「あら?帰ってきたの?でも、朝帰りとは…いい度胸ね…」
煌瑚の第一声はこんな言葉だったが、その口調にはどことなく普段の元気さがみえなかった。
ヨーシュは、そんな煌瑚も気にはなったのだがそれよりも――魔力。
とても強い魔力の持ち主の方が気になってどうにもならなかった。
そして、控えめに煌瑚に訊ねてみたのだった。
「あの、煌瑚さん…人が来ませんでしたか?ここに」
「人?あー来たわ。…どうしようもないの五人と客が一人」
「客?男ですか?」
「ええ、そうよ。それがどうしたっていうの?」
「あ、いえ…いいんですが…」
「何よ。はっきりしないわね」
ここで鎧綺が口を挟んだ。
「あんたも分かってるんだろ?とても強い魔力ちからが来てること…」
「あぁ…君も感じているのか…?」
「少しでも魔力のある奴なら分かってるはずだ。で、誰が来たか知りたいか?」
ヨーシュは無言だった。それが先を促すことを言っているのは明白だった。
「伽代四葉が来た…」
(伽代…?どこかで耳にした名だが…)
そう思っても、ヨーシュは思い出せなかった。


その時、由騎夜は屋外に出ていた。
そう蓮花と出会った森に蓮花も連れて、薬草を採りにきていた。
とはいうもの、蓮花は薬草など分からないので、ただ草花を摘んでいるが。
そろそろ戻ろう、と思ったその時、由騎夜は強い魔力を感じた…。
それは咲那の魔法学校にいた時にたびたび感じたものに、酷似していた。
(まさ、か…?)
由騎夜は何とも言えない気持ちのまま、蓮花に声をかけた。
「(赤面しながら)…あの、そろそろ…戻ろうか…」
蓮花は話しかけられて嬉しそうである――ただ、単純に話しかけられたということが嬉しいのだが。
「由騎夜さん、あの…」
「…何?」
ようやく、この頃少しは蓮花とも普通に話せるようになった由騎夜である。
「ここの森って、いつ来てもいいんですか?」
(ここが気に入ったのか…)
「あぁ、別に構わないけど…夜は近づかない方がいい。危ないから」
「そうなんですか、わかりました」
由騎夜は珍しく微笑み、そのまま踵を返していた。
蓮花は、由騎夜の後ろに続いていた。微笑みながら。


由騎夜はこのところ、微笑むことが多くなった。
本人は自覚していないが…蓮花が関係していることが多い。
そして、この時、由騎夜は自分の身にこれから何が起きるのか、まだ知らずにいた…。

移設20171115




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