煌く綺羅の夜 | ナノ


▽ 第五章 過去の断片


―夢を見た―

「天紅、どこ?」
まだカーテンの閉まっている暗い自室で、蓮花は小さな声を出した。
天紅は、枕の横にいた。
声を聞くなり、嬉しそうに蓮花の頭上へと飛ぶ。
「天紅…」
蓮花は、そっと天紅を胸に抱いた。
不安気だった表情は、安堵へと変わる。
「何かね、寂しくなったの…大丈夫なのにね、もう。わたし、一人じゃないのに、ね…」
蓮花の言葉を、天紅は理解していない。
だが何となく、蓮花の不安が伝わったのか――。天紅は、蓮花を励ますかのように、頬にすりよった。
カーテンの後ろから、光はもれていない。
日などまだ上がっていない。そんな時間だった。

テラスの風は静かだ。
暑い昼とは打って変わって、珍しく涼しい夜である。
蓮花は長寝衣(ネグリジェ)姿のまま、テラスへと出る。
長寝衣は煌湖の手作りだが―それは、とりあえずどうでもいい。
気付くと、手摺に誰かが寄りかかっていた。
風になびくのは、夜闇に映える美しい白銀の髪。
夜空色の双眸は…一体、何処を見ているのだろう。
星空か、それとも。
「ヨーシュ…さん?」
呼びかけると、ヨーシュはゆっくり振り向いた。
「…蓮花さん、どうしました?こんな夜半に」
「いえ、何でもないんです。ただ、夢を見て、眠る気になれなくて…」
蓮花は、白い長椅子に腰掛ける。
「・・・夢?」
「何故か、昔の夢を見たんです。さっき、煌湖さんと両親の話をしていたからだと思うんですけど」
「御両親と何かあったのかい?あ…いや、話したくなければ別にいいんだが」
「色々あって、もう…十年以上会ってないんです。ただ、それだけ」
「そうか…」
蓮花はそれ以上話さなかった。
『色々』とは、何があったのか―――ここでそれを聞くというのは、馬鹿というものである。
どこか寂しげな白緑色の双眸が、それ以上の追求を否定していた。
「…私も、夢を見た」
「ヨーシュさんも、ですか?」
「誰かは分からないが、知っている女性が私を呼ぶんだ。・・・それで私は、その人の所へ――その瞬間、終わる…そんな、夢」
「そう、ですか…夢って、何か不思議ですよね」
「…そうだね」
夏の星空は、美しい。
仰げばもう、それしか見えなくなる。
降るような輝ける星々。
いつしか二人は黙って、その空を見上げていた。

―そのころ天紅は、蓮花のベッドの中央で眠っていた。

―…冷えてきたな―
暗さは一層、増したようでもある。
「蓮花さん、そろそろ…」
振り向きざまに言いかけて、ヨーシュは口を噤んだ。
蓮花は瞳を閉じ…静かに眠っている。
音を立てないように、ヨーシュはそのそばへと寄った。
―起こすのは可哀相だし、かといって置いていく訳にもいかないし…―
安らかな寝顔。
ヨーシュの口元が少しだけ、ほころんだ。
そっと、蓮花を抱き上げる。
俗に言う、『お姫様だっこ』である。
蓮花の体は、温かかった。
「…おにいちゃん」
不意に服をつかまれ、ヨーシュは一瞬たじろいだが、寝言とわかるとそのままテラスを出た。
―おにいちゃん、か…―
二、三歩進み―その歩みが止まった。
―蓮花さんの部屋は、どこだ…?―
どの部屋か、はおろか、一階なのか二階なのかも分からない。
―まいったな…この時間じゃ、誰も起きていないだろうし―
廊下は静まりかえり、人の気配は全くない。
明りがついているため真っ暗ではないが――そんな事はこの場合とは全く関係ない。
ヨーシュはテラス真向かいの自分の部屋へ入り、蓮花をベッドに寝かせた。
蓮花の顔にかかった髪を、そっとはらってやる。
その様子はまるで、愛する妹に接する兄。
「おやすみ」
ヨーシュは外套を羽織り、そう言い残して部屋を出た。
階段を一階へと降り、玄関へと出る。
真夜中の村見学というのも、それなりに洒落ているのではないだろうか。
そんなことを考えながら、夜の村へとヨーシュの姿は消えていった。

その頃、蓮花は夢の住人となりヨーシュの部屋のベッドで、規則正しい寝息を立て眠っていた。



波の音。おだやかな波の音が聞こえる。
金属がぶつかりあう音。人の叫び声。くるったような高笑い。
肉を斬る音。人を殴る音。そして―――


    「・・・こう・・・・・・こ・・・」


煌瑚は眠っている頭を無理矢理起こした。
あの、声は、母だった。父とともに別の大陸と貿易をする、といって旅立っていった母。
きっと、いや、確実に、母は死んだ。そして、父も。
私のことを疎んでいた、あの二人が死んだ。
いい気味だ。
笑おうとした。
しかし、笑えなかった。顔がひきつり、頬を冷たいものがすべり落ちていった。
「……涙…?…なん……で……」
わからなかった。自分はあの二人のことをうらんでいるはずなのに、なぜ、涙が流れるのか。
自分の気持ちが理解できなかった。

そして夜は更けていく。

<第五章 終>

移設20171115




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