サイコラブ | ナノ



「私は……?」
「君は君だよ」

 そうなのか。でも違う気がする。

「な……名前……」
「……名前、か。俺はケーとでも呼んでよ」
「ケイ……?」
「……うーん、微妙に違うかな。まあそれでもいいや。僕はケイ。君は……君は自分がなんて呼ばれていたか覚えてる?」
「私……私は……」

 私は……なんて呼ばれていただろう。いや、私が過去、何をしていたんだろう。
 私の中には、今鉄格子の空間と彼しか脳にインプットされていない。
 いや、過去なんてあったのだろうか。私は、今ここで産まれたのかさえわからない。

「覚えてない? いいよ、俺、君のことハニーって呼ぶから」
「は、ハニー?」
「お嫁さんのことはそう呼ぶんだよ」

 よいしょ、と彼のごつごつとした手が私の身体を掬い取った。私はびっくりして動いてしまって、転落しそうになったけれど、彼の手がそれを止めてくれた。

「は、恥ずかしい……」
「そう? 夫婦なんだからこれくらい平気だよ? ハニー」
「ハニーも恥ずかしい……」
「……可愛いね、君。俺のことダーリンって呼んでよ」
「やだよ……」
「……やっぱり可愛い」

 大切にするからね、ずっと一緒だよ。そう言うケイの声が、彼女の頭の上から降って来る。彼女はわけがわからないまま、赤面した顔を俯かせ、悶々と何かを考えていた。

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