どの恋人にも弊害はつきものだ。ただ、二人にはそれがちょっと多いだけで。

 滲んだ黒い絵の具が延々と広がっているような、そんな夜の部屋が好きだった。そして、そんな場所に恋人とふたりきりというのもまた好きだった。愛おしい彼はというとベッドで項垂れていた。長くごつごつした腕はおもいっきり広げるとベッドからはみ出すのは知っている。前、お腹にあたって凄く痛かったんだから。そしてそんな彼は頭だけをこちらに向け、じっと外のマンションや夜空を眺めている私を「またか」という心情で見ていることだろう。
 外を見ているとどうしてもぼうっとしてしまう、いや、あまりに美しい憧憬に、私は言葉も無くして目を凝らすことしかできないんだ。そしてそれに魅入られ、頭が空っぽになってしまう。脳が夜色のミルクのような液体で満たされ、何も考えられなくなる。
 だから、そんな中声をかけられるとすごく驚く。頭の中の水風船が割られたみたいに。

「おい」

 私は咄嗟に振り向き、しかしその振り向きかたが悪かった。黄色いシーツは見事巻き込まれ、それに足がつっ絡まり、私は落下した。
 ――夜の静寂が台無しじゃない、と失笑してみせる。でも私が落ちたその直後から、静かな夜は再開している。

「……悪い」
「悪いのは私だよ、なんで謝るの?」

 私はいつも自分のバカさ加減に失笑してばかりだよ。今回だってそう。私が勝手に慌てただけじゃない。

「いや……いきなり俺が声かけたからだろ?」
「まあ……でもそれに大げさに反応した私のせいだしなあ……落ちたのは」
「すまなかった」
「いいんだよ」
「……キスできなくてすまん」

 ……は?

「どういうこと」
「あー……、んー……ずっと言おうと思ってたんだが、俺達ってキスできないだろ?」

 確かにできない。このヘルメット頭のどこに唇と舌があるっていうんだろう。

「そうだね」
「あのー……だからー……、お前たち流のキスはできないってわけだ」
「……ははーん。あなたも一応そういうお勉強しているわけね」

 ヘルメット頭にピンク文字で“///”と表示される。かわいいやつだ。

「……私はずっとキスしてると思ってるよ」
「え」

 ちゅっ、とヘルメットにキスすると、私はすぐに顔を逸らした。我ながら随分少女的なことをしたもんだ。
 彼の声は聞こえなかった。でも暫くしたら、右頬に、こつんとヘルメットが小さくあたった。







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