私には何もなかった。ただ、存在するしか他無いからいるだけ、生を受けたから嫌々生きているだけ、そんな人間だった。昔はそんな風に思うことなんて決して無かったんだ。それでもある時ふと気づいてしまった。私は普通なんかじゃない。
 お正月に親族が集まることがない、友達がみんな薄情、彼氏自慢の惚気なんてしたことない。だっていたことなかったから。休みに友達と遊ぶなんて数えるくらいしかしてないでしょうね。おまけに趣味に没頭できるようなお金も持ってなかった。それに特別頭がいいわけでもなければ将来生命を賭けてでもやり遂げたいことがあるわけでもなかった。どこにでもいるありきたりな普通の人間だったなら、こんな風に感じることもなかっただろう。辛い、だなんて。
 でも、そんな私にも、本当に好き、愛してるって思える人が現れた。出会いは――その話はまた今度にしよう。



 白いシーツが素肌に触れる。少し寒い。それでもどうしてもカーテンは開けていたい。彼と見る夜空が好きだから。

「そのままでいて」

 というのは、彼が私の上に乗っているという状態のことだ。彼のごつごつとした感触を全体で感じていたい。疲れるだろうけれど、そんな弱音を吐くような人でもないことを知っている。煙草に手をつけようとしていた彼の手が空中で迷っている。

「……俺も好きだよ」
「なら、よかった」

 やっぱり彼は優しいな、と思う。満足した私は立ち上がろうとした。途端に彼も動き出す。煙草を手渡すと、私よりもずっと大きな手で受け取る。私も煙草を咥え火をつける。つけようとする彼を制止して、口元を彼に近づける。彼は静かにシガーキスに応対する。
 無事火がつくと、彼は窓を開けた。下着のままでいる私の肩にシャツをかけてくれる彼が愛おしい。

「……綺麗」

 彼の肩にもたれ掛かる。彼のヘルメットに夜景が映る。私はこれも好きだったりする。でも、これを彼に言ってしまうと悲しくなるから言わない。彼は決して私と同じ気持にはなれないだろうから。
 こうしていると、今は吐くほど幸せだと思う。私は彼のために生きるという理由ができた。でも、それを些細で脆弱な願いだと嘲笑の声をあげているのは他のだれでもない、別の人格の私だ。
 いつかこんな幸せな時間に終わりがこないかって、毎回夜を迎える度に思う。彼の尻ばかりを追っかける女よりも、きっと彼を高めてくれる女の方が好きなんじゃないかって、たまに死ぬほど不安になる。そういう日は決まって一人で眠れなくて、その恐怖で枕を濡らしてしまう。それでもいいんだ、捨てられても構わないって思えないなんてまだまだね、と思う反面、人並みの感情を持って何が悪いんだと思うこともある。

「……何か悩んでいるのか」
「えっ」

 あ、いや、別に。なんでも。
 そう言って煙草の煙を吸い込んで咽る私はおかしかったかな。彼の表情の見えないヘルメットがむっとしている気がする。
 マスクの隙間から煙を吐き出す。その人工的な造作が私は好きだ。

「……お前は些細なことを心配しがちだ」

 ……そうだ。私には普通の人生では些細であるべきことすら成されていない。だから些細なことさえ目について離れなくて心配になる。そして私は永遠に一人なんだという現実にぶつかる。

「……心配しなくていいって」
「こっちの台詞だ」

 ふと、彼が私の顔に迫ってきた。ああ、酷い、私は酷い顔をしているのに気づいた。彼の逞しい身体が私を抱く。そして耳元で無機質な言の葉が蔓延る。

「俺がいるだけじゃ心配か?」
「……いや」

 それだけで十分よ、愛してる。喉元からそれが出る代わりに、目から涙が止まらなくなった。私は涙がでるたび悲しくなって止まらなくなる。こんな泣き虫な女じゃ嫌われるって焦って焦って止まらないの。







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