私の彼は変わっている。人間じゃない。いや、確かに人間らしい部分もある。首から下がそれだ。しかし悪魔で“人間らしい部分”である。その肌は鉄球のように真っ黒で冷たく、それが人間的要素と大きく引き離れている。無理もない、彼はロボットなのだから。
 頭のヘルメットは勿論のこと、彼のボディ全てが作り物だ。アップグレードと呼ばれる強化やボディの変更が可能で、まあ俗に言えば人間で言うお洒落のようなものだろうか。しかし彼は一度もそれをしたことがない。どうやら、彼の身体は全て対戦闘用のボディでコーティングされているらしく、パーツがそこら辺に売っているものでは合わないらしい。道理で周りのロボットよりも屈強で強そうなわけだ。身体の中に何か武器が入ってるんじゃあないかとビクビクしていた時もあったけれど、前に思い切って訊いてみたところ、“全部取り除いた”らしい。
 まあ現代のような戦争のせの字もない平和ボケした世界では必要ないだろう。それに誤作動でもされたら第三次世界大戦が始まってしまうかもしれない。平和な現代日本で突如、しかも私の家で核爆弾が爆発したら、なんていうエンドは至極最悪である。

 しかしそんな戦闘に特化した彼だけれども、特別凶暴というわけではない。寧ろ逆だ。非常に大人しく利己的に見える。これは悪魔で内面的な話だ。確かに見た目は厳つく近寄りがたいかもしれないけれど、一緒に過ごしていくうちに次第にわかってきたことがそれだ。

「……何だ」

 コーヒーをヘルメットの下に空いている細い穴に器用に流し込みながら彼は私に訊いてきた。そりゃあじろじろと彼女に見られていては彼も心地よくないことであろう。

「いや、特に」

 さぞかし。私はついつい彼を見て、彼の性質や過去のことを考えてしまう癖がある。特別整理癖があるわけでもないが、何故か。私にもよくわからない。彼も私の返答を聞いて、よくわからない、といったように首を傾げて、再びテレビに魅入りながらコーヒーを嗜み始める。
 と、先ほども行った通り、彼は非常に大人しい。大人しさレベルで言うならもう白いふわふわなうさぎレベルだ。まああいつは放っておくと電線を噛むなどの悪行を行い電化製品を尽く破壊し尽くすのだがと考えたところで、彼を形容するような程大人しいペットがいないことに気づいた。彼は少なからずとも自分で排泄できるし何も悪いことなどしない。それに自分の足で大学に通いオマケに成績も良い。……話が飛躍しすぎだ。つまり、見た目と中身でかなりのギャップがあるということだ。喩えるなら見た目はライオン、中身はウサギというわけである。あまりいい喩えではない。
 しかしながら、そんな彼を見ていると、もっともっと内面を、過去を知りたくなるのが事実だ。私は悲惨な過去しかないものの、彼はどうだろう。きっとここまで素晴らしい地位を確立している彼だ。もっと、もっと知りたい。人はどこまでも貪欲である。彼は多くを語らない男なので尚更。

「……やっぱり何かあるのか」
「いえっ、なんにも」

 思わず手に持つおたまで顔を隠す。ほんのりと味噌香るこんな私を、彼は本当に、何故愛しているのか、惚れてしまったのか気になってしょうがないのだ。



 今日も今日とて幼稚園へ通う。人生やり直したいわけではない。これが仕事なのだ。

「せんせー」

 私にしょっちゅう話しかけてくれるのは、受け持つクラスの生徒の一人である愛ちゃんという女の子だ。とても可愛らしく、繊細で豪華な衣服が豚にも真珠、とならない珍しいケースの女の子である。きっと両親からは惜しみなく愛を与えられているのだろう、と思うと私は僅かに悲しくなる。

「せんせーに、あげる」

 そしてこの子はいつも私に何かをくれる。両親から色々なものを与えられているように。こうやってプラスの輪廻が続いていくのは素晴らしいことだと思う。何かをもらうと、何かを返したくなるものだ。

「……鶴?」
「そう、つる」

 それはピンクの可愛らしくも上品な鶴だった。五歳児がこんなに器用に折れるのかと疑念を抱くほどに美しい。
 そんな鶴に魅入っていると、愛ちゃんはいつの間にか砂場で別のクラスの女の子たちと仲睦まじげに遊んでいた。私はそれを見て余計悲しくなる。
 私には絶望的な過去があるからだ。私は悲しいことに、誰からも愛を注がれずに生きてきた。私は阿婆擦れの母親に捨てられ、碌でなしの父親に育てられた。
 私は幼稚園児のこ頃、真夏のマンションの一室で放置されているのを発見され、児童相談所に引き取られた。惜しみなく、一切の差別なく愛を与えてくれた先生たちには感謝してもしきれない。だから私は、どんな子にでも愛を平等に与えることを決意した。恩師が私にそうしてくれたように。喩え、誰からも愛されている愛子ちゃんのような子であっても。
 手の中で、静かに風に揺れる鶴を見ながら、私は呆然と過去のことを考えてしまっていた。彼のことを知りたい、知りたいと思ってしまうのは、自分の過去があまりにも穢れていて、思い出したくないから、上書きしたいからじゃないのかと薄々気付き始めていたのは、この時だったのかもしれない。







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