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幸村くんは、そこまで体が柔らかいほうではない。一見柔らかそうに見えるが、テニスをするのに必要な最低限の柔軟性しか持っていないのだ。本人曰くそれで困ったこともなければ、これ以上柔らかくなる必要もないと言う。まあ、俺もそう思う。一般代男性平均と比べれば十分柔らかいほうではあるし。

部活を始める前の準備運動とストレッチは二人一組で行う。皆それぞれ近くにいた奴と適当に組むのだが、幸村くんは真田と組むことが多い。なんだかんだ言って昔からの付き合いだから自然とそうなるのだろう。しかしストレッチの際、いつも険悪なムードが漂うのでもう二人で組むのやめたら。と、思うのだ。

「真田ちょっと痛い、背中押しすぎ」
「そうかすまない」
「…うん、まだちょっと痛いかなあはは」
「…」
「ねえ、痛いってば」
「…」
「ねえ」
「…」
「痛いってば!」

我慢しきれなくなった幸村くんが振り向きざまにビンタ一発。「痛いって言ったらやめろって言ってんじゃん!」怒る幸村くんに真田はいつもこう返す。「いやしかし、痛いということは筋が伸びていないという証拠だろう」そうなのだ、真田の言うとおり。しかし幸村くんにそれは通用せず「真田は押しすぎなんだよ!筋伸びる前に切れるよ!俺痛いの嫌なんだよ!」真田が馬鹿正直なのも問題だが、幸村くんも幸村くんである。



と、これがいつもの様子なのだが、今日は幸村くんが委員会のためまだ来ていない。皆はもう準備運動を終え、基礎練習へと移っていた。そこでようやく気づいたのだが、仁王もいないようだ。
すると一時間後、丁度俺が休憩をしているときに二人はやってきた。二人と言うより一人と一人、と言ったほうが正しいだろうか。仁王の数メートル後ろを幸村が歩いている。実に他人行儀だが、逆に二人が仲良く歩いていてもそれはそれで変だ。そのままのその二人を観察していると、荷物を置いた二人は互いを確認し、仕方なしにといった風に組んで準備運動をはじめた。早く終わらせたいのだろう、てきぱきと無駄なくメニューをこなす二人。

「ねえ仁王、ちょっと痛い」
「すまん」
「痛いってば」
「…」
「ねえ聞いてんの」

馬鹿だった仁王馬鹿だった忘れてたわ。いつも真田と幸村くんの様子見てれば分かるだろ、幸村くんは痛いのが嫌いなんだよ。いやしかし、わざとやっているのであれば仁王は勇者だ。いいぞもっとやれ。

「ねえってば」
「…」
「痛いってば!」

バチーンと振り向きざまのビンタ炸裂。俺はキター!と些か時代遅れな台詞を心の中で叫び、身を乗り出した。しかし今回幸村くんはビンタ一発では気が収まらなかったらしく、立ち上がって臨戦態勢へと入った。仁王もそれに合わせて構えたところで俺は走り出し、二人の間に入ってゴングを鳴らした。「ファイッ!」カーン!すると二人は首にかけていたタオルを武器にして戦い出した。フェンシングのように一定の距離を保ちながらタオルでバシバシと戦うスタイルは今まで見たことが無く、俺のテンションは急上昇。お、俺も混ざりたい!なにそれ楽しそう!しかしタオルでは相手に渾身の一撃を食らわせることができないことに気づいたのか、幸村くんは一気に間合いを詰め、仁王の首にタオルを巻いて引き寄せコブラツイストをかけた。

「決まったー!幸村くんの必殺技コブラツイスト!」
「いやいやいや反則じゃろこれ!」
「審判、カウント!」
「ワン!ツー!スリー!カンカンカーン!幸村くんの勝ちー!」

涼しい顔で技を解いた幸村くんは、崩れ落ちる仁王を見下ろしながらスパーン!とタオルをはたいた。勝者の貫禄である。

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