丸井 高校1年12月
神奈川に雪が降った。さらっと路面にかかった雪は、チョコケーキの上にかかったパウダーを思わせる。駅までの道程ずっと上を見上げ、口をあんぐりと開けて歩いていたけど雪はなかなか口に入ってはくれない。空からは絶え間無く雪が降り続いていて、ひたひたと俺の皮膚にたどり着いては消えた。その姿が冬を越せなかったあの人と重なり、心臓が嫌な音を立てはじめた。そういえばあの日も今日のように雪が降っていた。
俺はそれから無言で駅まで歩いた。いつも歌う鼻唄も寒くて声が出ない。声帯からひゅうっと掠れた音が出ては、寒空の下に吸い込まれていく。耳を澄ますと遠くの方でかすかに波の音がした。
「雪だねブン太」
誰もいない寂れた駅のホームで懐かしい声を聞いた。
「電車、ちゃんと動いていればいいけれどどうだろうね。神奈川は雪に慣れてないから」
振り返ったその先にはベンチに座った幸村君がいる。
「幸村くん」
「ブン太、今日は寒い?」
ああ、すごく寒いよ。だって雪降ってんだもん。幸村君だって寒いだろ?そう喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。きっと幸村君はこれっぽっちも寒くはないのだろうと思ったから。
「うん、超さみいよ」
「そっか。」
「あのさ俺、幸村くんに言いたいことたくさんあったんだけどさ」
「うん」
「あんまりいきなりだから何言いたいのか忘れちゃった、どうしよ」
「え、おい泣くなよ」
「うん」
冷静を装いたかった俺の理想は脆くも崩れ去ってしまった。聞きたいことが言いたいことが、肝心なことが言葉にならない。だから寒い日は嫌なんだ、身体がかじかんで言うことをきかなくなる。嗚咽を飲み込んだ肺には冷たい空気が入り込み、吐き出されては白い息となり視界を曇らせた。しゃがみ込んだ俺の視界は滲んだコンクリートで埋め尽くされている。
「ブン太」
「なに」
「電車来ないね」
「来なくていい」
「何、お前俺の彼女かなんかなの」
「もうなんでもいいよ。俺、幸村くんと毎日会いたい。」
「えー」
そう言って笑った幸村君の吐息は、俺の白い息と違い目に見えず空気に溶けて消えた。そこで俺は思い知らされるのだ。俺は生きていて、幸村君はそうじゃない。その現実を目の前にして哀しくなってやるせなくなって、かき集めた雪で作った雪玉を幸村くんに投げつけてみるも、命中したはずなのに当たることはなく後ろの壁でぐしゃりと崩れ、ますます涙が滲んだ。
「なんでだよ!当たれよ!」
「当たんないよ。今の俺は無敵マリオ状態だから」
「ぜんっぜん笑えねぇ!」
「笑ってよ」
091023