大人になったら同じ過ちを犯す事なんぞなく、冷静な対応ができるようになると思っていた。しかし現実は成人して何年も過ぎる大人になったというのに、恥ずかしいことに同じ過ちを飽きる事なく何度も繰り返している。


「あー…呑みすぎた…頭痛ぇ…」

 
 調子に乗って飲んだ日本酒が止めになったのか、はたまたウィスキーが効いたのか。もはや何を飲んだのか定かではないが、胃の中で最悪なちゃんぽん状態なのは間違いない。大して強くもないのに楽しい雰囲気に呑まれ、つい調子に乗ってしまった。いきつけの居酒屋に居た記憶はあるが、帰って来た記憶は残っていない。誰かが送ってくれたのか、帰巣本能か。とりあえず路上じゃないことに感謝し安堵する。
吐いてしまえば楽なのだろうが、自室を汚して掃除をする羽目になるのは自分である。そんなことは絶対に避けたい。重い身体を動かす気力は全く無いが、とりあえず目を動かすことだけはできる。辺りを見渡すとソファーに若が転がっていた。上半身はソファーに乗っているが、下半身は丸まり寝ていると言うより行き倒れている。大方俺と同じような状態なのだろう。どうかお前も吐いてくれるなと願いながら、起きた時に回復していることを願って目を閉じた。



「まだ真一郎は起きて来ないのか?もう昼だと言うのに…定休日は本当に起きて来んなぁ」

「万作じいちゃん、私起こしてくるよ」

「すまんなぁ。起きて来なかったら先に食べるか。万次郎、皿を運んでくれ」

「マイキー摘み食いしたら減らすからね」

「まだ何もしてないだろ!」



 真一郎君は本当に中にいるのかと思う程、部屋からは何の音も聞こえて来なかった。心配だから様子を見たいけれど、例え真一郎君でも男の人の部屋に入るのは何だか気が引ける。万次郎だと何とも思わないけれど、真一郎君は大人だしなぁ…。何でそう思うのかは自分でも分からないし理由は特に無いのだけれど、何となくそう思うのだ。
とは言え朝から何も食べていないから、とりあえず何か口にして欲しい所だ。申し訳無いけど起こさせてもらって、簡単な食事だけでも部屋に運ばせてもらうことにしよう。勇気を出してノックをするも、うんともすんとも聞こえて来ない。ドアの前で暫く待ってみても何の反応も得られなかった。

「真一郎君、ご飯できたよ。大丈夫?体調悪い…?」

 自分が聞いたのに、“体調が悪かったら大変だ“と途端に心配になり、断りを入れてからドアを開ける。すんなりと開いたドアの先にあるベッドには、微動だにせず目を閉じ眠る真一郎君の姿があった。規則的に動く胸を見て一安心しながら顔色を見ると、いつもより青白く具合いが悪そうだった。万作じいちゃんに伝えようと振り返ると、青紫と黄色の特徴的な髪型が見えた。叫び出しそうな悲鳴を飲み込みよくよく観察すると、驚く程綺麗な顔をした男性だった。個性的な髪は長く細身だったから女性かと思ったけれど、タンクトップから覗く引き締まった身体は男性のものだった。


「名前ー、シンイチローまだ起きない?」

「ま、万次郎!知らない綺麗な男の人が眠ってて、真一郎君具合い悪そうで、まっ万作じいちゃん…!」

「え?うわ、この部屋酒臭いしタバコ臭っ!名前匂い移るから居間戻ろ」


 臭い臭いと叫ぶ声が頭に響き、微睡が静かに遠ざかっていく。万次郎の喧しさが目覚めの音だと思うと残念だが、さっきよりは幾分か楽になっていることに気がついた。身体を起こしても吐き気は無く、俺の部屋が守られたことにホッとした。若狭も吐かないと良いが、顔色を見る限り大丈夫そうだ。


「真一郎君、お味噌汁だけとりあえず持ってきたんだけど、食べられそう…?あ、あとお水と、万作じいちゃんからお薬とか預かったよ」

「おー……悪いな…助かる…テーブルの上に…置いて貰えるか…」

「うん…辛そうだね…。必要なものがあったら言ってね」

「ありがとな…もう少し良くなったら、後でそっち行くわ…」

「運ぶから大丈夫だよ、無理しないでね…」

 心配されると良心が痛むし、情けなさに隠れたくなる。病気でもなんでも無く、俺達はただの二日酔いなのだ。苦しんでいるのは自業自得で同情の余地はない。女子高生に気を遣われている大人だと思うと、羞恥心と罪悪感で押しつぶされそうになる。どうか俺の事を見ないでくれ…。
テーブルの上で湯気を上げる味噌汁から、香ばしく優しい匂いがした。美味しそうだと思うくらいには回復しているらしいことに安堵する。とりあえず峠を越えた若を起こし、失われた栄養と水分を補うことにしよう。


 
 今日はとても気持ちの良い晴天で、桜吹雪の中鶯が鳴く映画のワンシーンような日だった。なのに家の中で一人、雷が落ちそうな程の怒りを蓄えている人がいる。真兄だけならたぶんなっていないけど、真兄の仲間を甲斐甲斐しくお世話をしているのが面白くないのだろう。彼氏でも何でもない万年片思いなのだから、とやかく言わず頑張ってアプローチするべきだとウチは思う。



「名前、これはただの二日酔いだからほっとこう。ダメな大人の世話なんかしなくて良いって」

「万次郎、具合が悪い人にそんなこと言ったらだめだよ。真一郎君、他に何か必要なものはある?」

「んー…梅干しのおにぎりが食いたい…。」

「うん、すぐに用意するね。えっと、あの、そちらの方は…」

「あぁ…なんか食いたいもんある…?」

「オレも…真ちゃんと同じやつで…」

「少し待っていて下さいね」
 
「ワカは遊び人だからダメ。見るのも近付くのも喋るのも全部ダメ。」

「さっきからどうしたの万次郎」

 若は“何だこいつ“と言う目で万次郎を睨んでいるが、残念ながら二日酔いの俺たちに戦う体力なんか微塵もない。0ではなく既にマイナスなのだ。何の反論もせず一瞥するだけの若は、無言で噛み締めるように味噌汁を啜っている。

「名前…味噌汁おかわり……」

「…悪い…オレも……」

「すぐに持ってくるね」

 名前が部屋を出て暫く経つと、万次郎が出来立てほやほやなおにぎりと味噌汁を運んで来た。礼を言って受け取るも全然立ち去る気配がない。何だと思って顔を上げると、とんでもなく無礼な弟が仲間に中指を立て腹の立つ顔をして見下ろしていた。名前が関わると本当に面倒な奴に様変わりするから、とても扱いに困る。プロ選手になろうと環境が変わろうと初恋が進展する事はなく、拗らせ続けているからこうなるのだ。若狭は確かに大層モテるが節操の無い奴じゃない。特定の相手が今は居ないのだから問題は無いし、そもそも誰とどう付き合っていようと万次郎にとやかく言われる筋合いは無いのだ。とは言えHPがマイナスな俺が言葉に出来ることは何もなく、ただもそもそとおにぎりを齧り味噌汁を啜ることしかできなかった。


「……おい…遊び人じゃねぇ…」

「いやもう万次郎居ねぇし…オレよりやばいだろ若…」

「……タバコ吸う元気もねぇワ…」



 名前と一緒にプリンを作っていると、お風呂場から何やら騒がしい声が聞こえて来た。まぁ良いかと放置して作業に戻ると、真兄の友達とマイキーが居間に雪崩れ込んで来た。一体何をしているんだろうこいつらは。

「ワカその格好で来んなって言ったじゃん!」

「いや服来てんだろ。裸ならまだしも」

「上着てないだろ!髪も濡れてるし!」

 何で濡れてるのがいけないんだと目をやると、確かに見てはいけないと思う程度に色気の漂う身体をしていた。ウチはケンちゃん以外の男に微塵も興味がないから何とも思わないけど、真兄の仲間の中ではずば抜けてイケメンだし割れた腹筋は魅力の一つだろう。下りた長髪も湿り気を帯びていて艶めかしいし、たぶんウチよりも長い睫毛は瞬きの度に存在感を露にしていた。“ワカ“と呼ばれたイケメンは、喧しく吠えるマイキーを放置して名前の前まで歩いて来た。何だか面倒くさい事が起きそうな雰囲気の中、名前はただ不思議そうに見上げている。


「あんたマイキーの彼女?」

「え?あ、いえ幼馴染です」 

「へぇ…そっか」

 ニヤリ、と整った唇が意地の悪そうな形に歪み、楽しそうにマイキーを見ている。マイキーはと言うと、地雷を踏まれ激昂しそうな気持ちがありつつも、即座に否定された事によるショックの方が大きくて結果固まっている。マイキーの喜怒哀楽にここまで影響を及ぼす名前って凄いなと思う。

「女の口説き方教えてやろうか?マイキー」

「殺す」

「もー!やめてよ掃除したばっかなのに!」


 楽しそうに喧嘩を売った妖艶なイケメンは、笑いながら廊下を駆け抜けて行った。家の中で突然始まった激しい鬼ごっこに頭が痛くなる。とりあえず今は真兄を呼んでくることにしよう。おじいちゃんは注意もせず美味しそうに苺を食べているし、名前は真剣な顔してプリンのアレンジレシピを考案している。
遠くの方から真兄の叫び声が聞こえて来た。きっとあの二人が何かしでかしたのだろう。
本日も我が家はやりたい放題だが、こんな毎日が愛しかったりもするのだ。





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