可愛くない




騙した。
人を騙した。
もうなんでもよくなって、なるようになれといった感じだ。
ただつらくて、その気持ちを紛らわすために利用していただけかもしれない。

「…なあ、本当にいいのか?」

目の前にはあの青い愚民の姿。僕を押し倒している。そして、不安げに視線を向ける。

「……何を今更」

ここまでしたんだ、そう短く付け足した。
僕の姿と言えばほぼ素肌を露わにしていて、身につけているものは気持ち程度に脱ぎかけのカッターシャツとズボンくらいだ。

「いいから、早くしろ」

嘘なんてつくつもりはなかった。でも、こうでもしないと、体だけの関係だとしても。どれだけ憎まれようと嫌われようと、関係性が欲しかった。それだけ。

条件はただひとつ。


目の前のコイツの思うままに抱かれ、犯されるだけでいいのだ。


簡単だった。


「やっぱりお前、見た目通りに華奢な体してんな。折れそうだ」

ゆっくり、鎖骨から腹筋ままで触られる。ずくずくと何かが湧き出る気持ちだったが、目を瞑って耐える。

「目、開けて。表情見たい」

悔しいが、今だけの我慢だ。割れるほどにはないけど、適度についた筋肉の筋をなぞる。不意に胸の突起をつかまれる。

「…ひっ……!」

痛い。乳首で感じる人など、女以外でいるのか? そう疑問に思うが、ぐりぐりとつねられ、次第にこの痛みにも慣れた。

「…っ……、ん…!」
「いいよ、声出して。あんまり大きくなかったら隣の奴らにも聞こえないだろうし、つらいだろ」

その言葉が少しだけ屈辱的に感じた。
まるで、僕が快楽に浸ることを前提に話されているようで。

「…なあ、下触ってもいいか?」
「………条件は貴様の好きにすることだ。勝手にしろ」

静かにズボンへと手を伸ばす。部屋に響くのはベルトのカチャカチャという音のみで、ベルトを外し終えると途端に静寂が訪れる。
まずは布越しに触る。体が小刻みに震えているのは気のせいだと信じたい。

「……怖い、か?」

何故だろう。目から溢れ出す何か。
ぼやけて前も見えやしない。

「…怖くなん、かっ……」
「でも、震えてるだろ?」
「……っ…」


否定はしない。でも、肯定もできない。
頭の隅でぼんやりと考える。どうしてこうなった?
僕が好きなのは…認めたくなかったけど、日向だった。でも日向は音無さんが好きとしか思えなくて、そんな妄想は増えていくばかり。
だから僕は日向にある事を話した。『僕と音無さんは付き合っている』と。そんなものは嘘。音無さんにはとてつもなく申し訳なかったが、心を鬼にして耐えた。
一瞬驚いた顔をして、少し残念そうに『そうか』とだけ呟く。そして、僕はさらに言葉を付け加えた。

『お前は音無さんが好きなんだろう? 僕はいいから、音無さんからは手を引け。…代わりと言っては難だが、…僕を……好きに抱いても構わない』

驚愕の様子が伺えた。
でも、何故かうまくいった。
全ては己の欲望を満たすためだけに放った嘘の言葉。


当然、罪悪感をぬぐうことができない。


――僕は、最低だ。




「……なあ、直井」


静かにぽつり、ぽつりと話し始める。

「俺さ、知ってたよ。…お前と音無が、本当は付き合っちゃいないって」
「…!」
「でもな、俺も騙されたフリしちまってさ…。まさか直井があんな事を言い出すとは思わなかったから」
「そっ、それは……!」

何も言うな、とでも言いたそうに僕の口に大きな手のひらが覆われた。かろうじて呼吸はできるが、代わりに心の臓が一層早く打たれる。


「あのな、俺、――直井が好きなんだよ」



 え?

  何故?

知らない

  僕が好き?



「最初はさ…鬱陶しいし、音無にしか懐かない生意気なガキだとばっかり思ってたんだけどよ。でも…だんだんそれに慣れてきて、むしろ、それが心地良いとさえ思えてきた。そりゃあ、こんな風に感じ出す自分に戸惑いはしたんだけどよ、でも、でもな。直井が好きだって自覚を持ったのは、珍しく音無と話が合ったように、いつもに増して楽しそうに…嬉しそうに笑ってる顔を見て、俺の中の醜い感情に気付いた。しかも、親友を取られただとか、そんなくらいならまだよかったんだが……よりによって、その親友の音無に嫉妬してて。ああ、俺って直井が好き――なのか? って思って。そしたら、次の日から直井が可愛く見えてきて。正直、くだらねぇ言い合いをするのも緊張してた」

長い長い、告白が終わった。
顔が熱い。

「お前は?」

問われる。

「なんで俺に嘘ついてまで抱かれようとしたんだ?」


もう、とっくに答えは出ているはずだ。
なのに、伝えたいのに。
涙が溢れてうまく喋れない。

「ほら、泣くなって。可愛い顔が台無しだ。…まあ、泣き顔も可愛いけどよ…」

そんな事言いながら、優しく涙を拭く。






「――僕も、……貴様が………好き、だ」




「…よく言えました」


ぽんぽん、と僕より一回り大きな体に抱きしめられると、余計に涙が溢れて止まらなかった。


可愛くない僕でも、日向に『可愛い』と言われると可愛くなれるような気がした。




fin.



- ナノ -