嘘つきワルツを踊ろうか

※音野要素あります。音無がたらし



僕の好きな人、と言えば音無さんだと即答できる。そんな音無さんも僕が好きで。音無さんが告白してくれて、付き合い始めた。戸惑ってばかりの僕だったけど、音無さんが優しくリードしてくれた。


――なのに。

今、僕が見ている風景は夢? 嘘? 偽り? それとも――現実?


こんな気持ちになるくらいなら、こっそり音無さんの後なんてつけなければよかった。後悔したってもう遅くて。愛し合っていた二人の愛は偽物で。何もかも壊れてしまった。もう、あの人の目には僕なんか映ってなくて。新しい人がいるんだ。そうやってこのやりきれない気持ちを心の隅に追いやって、ごまかそうとしていた。ねえ、音無さん、どうして? そんな疑問ばかり次々と浮かび上がっていく。ふわふわと飛んで壊れて、消えてしまえばいいのに。

動けずに、その場に留まっていると、あれほど大好きだった、でも今では聞きたくなんかない、あの声とセリフが聞こえてきた。

「…好きだ、愛してる」
「ば、バカか貴様はっ…!」
「可愛いな、野田は。なあ、もう一度キスしていいか?」
「い、い、いちいち聞くな!!」

ああ、相手は野田か。大きな絶望を感じた。あの人が今まで僕にかけてくれた言葉は、全てが偽りで。偽物の色に塗られていく。心が、今にもはちきれそうだ。
未だ二人は熱いキスを交わしていた。その証拠に、時折野田の甘い声が聞こえる。そういえば、音無のさんは僕にキスなんて一度たりともしてくれた覚えがない。僕への気持ちなんて、所詮はそれくらいちっぽけだったということだ。もう耐えられそうにない、そう思ったらいつの間にかどこか遠くへ駆け出していた。



一体どれほど走っただろうか。とっくに息は切れているはずなのに、まだまだ走れそうな気がするが、やはり呼吸にも気持ちにも限界がきて、立ち止まって泣き出してしまった。自分の顔を隠すように、うつむいて。




その日は結局、なんだかんだで毎日顔を出している校長室に行かず、一人寮で泣いていた。




「直井、」

振り返ると、心配したような顔をした音無さんがいた。ーー見たくない顔だった。

「なんですか? 音無さん」
「…何かあったのか?」
「! …いえ…」

嫌だ、やめて、なんで。僕より野田を選んでいるに決まってる、なのに、そんな心配してる表情を見せないで。つけあがって、また、勘違いしてしまいそう。

「…そ…っか。いつも通りならいいんだ」
「はい。ありがとうございます」

これは嘘。音無さんは僕を騙している。
それも嘘。僕は音無さんを騙している。

ぜんぶ、この感情も、恋をしたことも、嘘であってほしいと願った。なにもかもが嘘でまみれている。


もう何も――信じられないくらいに。






fin.



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