それは不思議な感覚だった。 自分の体なのに、自分の意志で動かせない。目の前のもの全てが霞みかかって見える悪夢のような感覚に、長い間捕らわれていた。 「セシル!」 「父上、良かった……!」 心の内で戦って、ようやく己を取り戻した自分を迎えてくれたのは、愛しい妻と逞しくなった息子。そして苦楽を共にした、生涯忘れ得ぬ大切な仲間たちだった。セシルの瞳に涙が滲む。 「ったく、遅いってえの。待ちくたびれたぜ!」 「良かった……本当に……心配したんだよ、セシル」 相変わらずなエッジの口の悪さも、この時ばかりはいっそ嬉しい。 心配をかけたことを詫びようと二人に顔を向けた瞬間、リディアの姿を確認してセシルの目が止まった。そして思考も停止した。やがてセシルは目を細めると、不思議そうに首を傾げるリディアへと言い放つ。 「リディア、そこに座りなさい」 感動の場が一転、居たたまれない雰囲気に包まれた。 久しぶりの再会よりも、今置かれている緊迫した状況よりも、セシルにとっては見過ごせないことであった。 妹のように可愛いリディアが、いかにも破廉恥な格好をしていることが。 「いいかい、リディア。君は女の子なんだから、そんなに肌を見せてはいけないよ。どんな人がいるか分からないんだから、もっと危機感を持たないと」 「ごめんなさい……」 「前から思っていたけど、君の衣装は露出がひどすぎる。まだ嫁入り前なんだから自重しなさい」 「おい、セシル。その辺でいいだろ。そいつに難しい言葉なんか分からねえし、今はそれどころじゃないんだからよ」 「エッジ、大体君がいながら、これは一体どういうことだい?」 見かねて口を挟んだエッジに、セシルの怒りの矛先が向く。 セシルとしてはエッジに『好きな女性の肌を他の男に見せたくない』といった、男ならば抱くであろう至極真っ当な独占欲を期待していたのだが、目の前の男は涼しい顔だ。 「いーじゃねえか減るもんじゃなし。目の保養でもないとやってらんねえよ」 などと言われてしまっては、もう頭を抱えるしかない。 更に「見ようが見まいが俺のもんだし」と小声で続いた台詞に、セシルは忘れかけていた私怨がこみ上げてきて、うっかり剣を抜きそうになった。実際には剣に手を掛けたところでローザに止められた、と言った方が正しいのだが。 「馬鹿に聞くからだ」 なんだか雰囲気の変わった幼なじみにまでそう窘められて、セシルはついに途方に暮れる。 自分が間違っているのだろうか。いや絶対に違う。子供達の教育上も良くない、と心に刻む。 ほとんど紐みたいなレオタードを着た彼女や、隠す気があるのかないのか分からないピンクのスケスケな衣装を纏った女の子を見て、思春期真っ盛りの彼らはどう思うのだろう。 パロムあたりはもう慣れきって悟りの境地にいるみたいだから、主に問題は自分の息子だけのような気もする。いや女の子達が真似しないとも限らない。それはそれで危険だ。特にヤンあたりが発狂しかねない。 ぐるぐると巡る思いに頭を悩ませていると、ぐすりと鼻をすする音が聞こえる。 見れば言われた通りにセシルの眼下に正座していたリディアが、しゅんと肩を落としていた。 「そんなに変かな……アスラに貰ったから、可愛いと思ったのに」 「リディア」 「ごめんなさい。今度から気を付けるから……」 リディアに涙ぐまれてしまったら、セシルにはもう何も言うことが出来ない。 この子は本当に優しい子なのだ。 きっと大切な人から貰ったから大事に着ているだけで、他人がどう見るかまでは気が回らないのだろう。 純粋な好意を感じれば、自分が言い過ぎたような気がしてならない。 「ごめん、リディア。僕が言い過ぎたよ。とても似合ってる。でもちょっとだけ気になるから……取りあえず、僕のマントを貸すから羽織ってくれるかい?」 「いやお前、それもっとエロいだろ」 半端に見えない方がそそる、などどいう不届きな発言をしたエッジに、ついに堪忍袋の尾が切れたセシルが剣を振りかざす。 病み上がりとは思えない迫力に誰もがこの事態の収拾は不可能だと思ったが、一本の矢で黙らせてしまった王妃に畏怖の視線が集まった。勿論セシルも例外ではない。 「……今は私達以外、モンスターしかいないから我慢しなさい。リディアは帰ったらすぐに着替えること。これでいいわね」 「はい」 「じゃあ早く進みましょう。セシルももう動けるわね?くれぐれも、無理はしないで頂戴」 「はい」 リディアの涙には弱いけれど、怒ったローザにはもっと弱い。 バロン国王夫妻の意外な力関係を知った子供達は、明らかに圧倒されていた。 そして心の中で固く誓った。 ローザだけは、怒らせてはならないと。 end. |