青天の火曜日に飲むブラックコーヒーと蟹座の憂鬱

※黒子・青峰・火神・赤司が4人で付き合っています。
 明確なCPはありません。


「どうしたのだよ、こんなところに呼び出して」
 午後からオペがあるというに、急に赤司から呼び出された。無理だと言っても聞かぬ奴だから、断る事は諦めている。
「あぁ、緑間。忙しいのにすまないね」
 謝罪の言葉と病院近くの喫茶店を選ぶ気遣いが有るのなら、いっそのこと別日にして欲しいものだ。
 初夏とは思えぬ暑さにシャツが貼り付いて不快なことこの上ない。いくら冷房が効いているとはいえ、赤司の手元にあるドリップコーヒーにさえうんざりした。
「何なのだよ、全く……」
「お前にしか頼めないんだ」
 そう眉頭を寄せられては本格的に断れない。コイツが絡む事でマトモな事など、只のひとつも無いのに。
「手短に頼むぞ。というか、その赤ん坊はなんなのだよ」
 運ばれてきたアイスコーヒーを一気に半分流し込み、テーブルの横を見遣る。そう。赤司の傍らには赤ん坊がいるのだ。しかも二人。一番縁遠い男だろうに。狭い通路を横長の二人乗りベビーカーが塞ぎ、周りの喧噪も気にせず、すやすやと寝息を立てている。
「この子がアオイで、こちらがカオルだ。一卵性だよ」
 そっくりな顔の赤ん坊は、胸元に水色とピンクの色違いのリボンを付けていた。さして興味もないが、赤司と同じ赤い髪を携えている。
「そうか。まさかお前の子と言う訳ではあるまいな」
「さすが真太郎だ。説明するまでも無かったね。僕の子だよ」
「は?」
 カラン、と氷が溶けて黒海に沈む。落ち着き払った声の赤い眼は、いつの間にか勝ち気な金色に変化していた。
「可愛いだろう? 見てくれ、この穏やかな寝顔を」
 むしろお前こそなんだ、その穏やかな顔は。それが天帝と恐れられた男の顔か?
「な、な、な、何を言っているのだよ! お前はゲイだろう!」
 思わず大きな声を出してしまい、ベビーカーから「ぅー……」と小さなぐずり声が聞こえて慌てた。赤司はそんなオレを見て面白そうに笑っている。
「真太郎こそ何を言っているんだ。僕はゲイではないよ。たまたま好きになった相手が男だというだけで……」
「付き合った相手が一人ならばそうも言えるが、お前は違うだろ」
 オレが知っているだけでもコイツは青峰、黒子、火神と付き合っていた。今の相手が誰かなぞ知りたくもないが、歴としたゲイだ。
「彼らはとても魅力的だからね。オレに無いものばかりを持っている」
 赤い瞳がすうっと細められる。泥に足を捕られたような、何とも言い難い不愉快さに頭の奥が痛い。
「オレはお前の惚気の為に呼ばれたのか? ならばもう用はない。その赤ん坊の血縁鑑定ならば準備してやるから、さっさと帰るのだよ」
「そんなことをしなくても、この子たちは間違いなく赤司の血を引いているよ。叔母上の子だ」
「…………そうか」
 言いながら優しく赤ん坊の頬を撫でる赤司から、無意識に目を逸らしてしまった。
 赤司の叔母は二週間前に他界した。一度会ったことがあるが、赤司の母にとても似ていた。婿を取り、すぐに子を授かって、それはもう素晴らしい家庭を築かれていたが、飛行機事故で二人共亡くなった事はニュースで知った。
「引き取る事にしたのか」
「あぁ。幸い、僕は子を持てそうにないからね」
 そういえば聞いたことが無かった。赤司の家は、父は、息子の色恋沙汰を知っているのかと。
「結婚はするよ」
 だろうな。財閥なんて連中は良くも悪くも慣習に囚われる。いくら赤司とて避けられる筈もない。
「不毛だな。偽装結婚など、不幸になるだけなのだよ」
「ふふっ……」
 その笑いはどちらのものなのだろうか。陰った笑顔は判別出来ない。
「そんな面倒な事はしないよ。オレはオレの愛する人と家庭を持つ」
 赤司が大きめの封筒を俺に差し出してきた。
[養子縁組届]
 中にはそう書かれた紙が四枚。一番上の紙にはもちろんこの赤ん坊たちの名前があったが、捲ってみて唖然とした。
「な…………」
 二枚目には青峰、三枚目には黒子、そして四枚目には火神の名が記入されている。
「今も全員と続いているんだ」
 聞き間違いでは無いだろう告白に、酷い偏頭痛がした。院に戻ったらアスピリンを用意せねば……
「冗談だろう……」
「笑いを取れるほど、面白い話でも無い」
 コイツらに倫理観というものは無いのか。いや、そういう問題では無い。誰よりもモラル的であろう黒子が承諾しているのだから、疾うに一線を越えてしまっている。
「ねぇ緑間、婚姻において最も重要な条件とはなんだと思う?」
「要因は色々あるだろう……が、最低でも物事の価値観が近くなければ上手くいかないだろうな」
「その通りだ。その点において、僕たちは完璧なんだよ」
 だろうな。でなければお前はそんな物柔らかな笑顔をしない。
「緑間も知っているだろ? 中学一年の夏から、オレと青峰は付き合っていた」
「その年の終わり、僕らはテツヤに一目惚れをしたよ」
「いけないことだと思った。青峰がいるのに他の人間を見るなんて。でもね、青峰と黒子が仲良さそうに話をしていると、抑えられないくらいに嫉妬したよ。両方に、だ」
 赤司の白い指先が、すっかり冷えたコーヒーに渦を描く。
「大輝にも、テツヤにも同じだけの嫉妬を覚えた。錆びたナイフで胸を抉られているのかと思うほど、痛かった。その痛みをどうして黙っていられようか」
「二人に、言ったのか」
「あぁ。二人に、同じだけ好きだと伝えた」
「いっそ、心臓を抉って見せたかったくらいさ。こんなにも惹かれているのだと、証明したかった」
 壊れているなんて感想は今更だ。赤司の愛は重く、なによりも誠実である。残りの三人も同様に。執着だの依存だのという言葉が安っぽく思える程に深くて熱い。
「そうしたらあの二人も、実は同じだと言ったんだ。素晴らしいだろう」
 僕たち、とはそういう意味か。
「僕はリアリストだが、こればかりは運命だと確信したよ」
 その先はオレも知っている。赤司の覚醒と共に、運命とまで宣った関係は破綻した。と、思っていた。今日までは。
「で、火神には何と言ったのだよ」
「聞いてくれるかい?」
 聞きたくなくても勝手に喋るだろうが。
「大我はね……僕の初恋だよ」
 金色の目を伏し目がちにして頬を朱に染めた。
「あの、一年の終わりの決勝戦。あんなものを見せられて、平静でいられる訳がない」
「オレが居なければ恋愛どころじゃ無かった癖に」
「僕が大我を好きだと言ったらね、大輝とテツヤは笑ったんだ。きっとそう言うと思いました、って。やはり運命だな」
「むしろ火神の説得に存外手こずってしまってね。ああ見えて誰よりも常識人なんだ」
「お前達の感覚が麻痺しているだけなのだよ」
「それもそうだ」
 この数十分で慢性偏頭痛は悪化して、思わずこめかみを押さえた。
「父親は……許したのか?」
「そこが一番の不安だったな」
「でも幸い、オレは一人じゃ無かったからね。内外共に」
 金の眼が笑う。蠱惑的、と言うべき顔で。
「呆れていらしたよ」
「ひとりひとり、覚悟を問われた」
「三人は関係ない。オレだけの覚悟で良かった筈なのに、あいつらときたら……」
「罪を背負うことも許してくれないんだ」
「だってそうだろう? オレが家を捨てれば済む話なんだ」
「そんな勝手も許してやくれない。なんて幸福か」
 ころころと目まぐるしく入れ替わりながら、懺悔と惚気を繰り返す。なんなんだ、まったく。オレの役目があるとすれば、もう終わっているのではないか。
「この子達は将来、オレ達のせいで悩むことがあるだろう」
「いつだって大人のエゴに巻き込まれるのは無垢な子供だ。それでも……」
 躁鬱病かと思うほど、急降下した声に思わず顔をあげた。
「強欲なオレは何一つ捨てられない」
 そう言って、赤司は封筒を残したまま出て行ってしまった。ウィンドウ越しに見たベビーカーを押す温かな横顔を、一生忘れる事がないだろう。

 溜息を吐き、改めて見た書類には右下の証人欄に鉛筆で薄く丸が付けてあった。二つのうち、一つには赤司の父の名が記入されている。そうやって、オレまで縛るのか。
 本当に強欲なヤツだよ、お前は。


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