Shadow Phantom | ナノ
 6:人は言う、そこそこのチート系スタンドだと。僕もそう思う(笑)

「その前に、ちょっと電気消させてもらいますね。もう少し暗くないと僕のスタンドはよく見えないので」
 霧坂はそう言うと、こっちの返事も聞かずに部屋の電気を消した。窓もなく、たださえ電球が切れかかった薄暗い部屋が一気に真っ暗になった。
急に奪われた視界は、霧坂の輪郭どころか、すぐ目の前にあった書類ファイルさえ認識できない。すぐに目が慣れてくるただの暗闇だというのに、ドア越しから聞こえてくる部下たちの話し声に安心感を持つのはなぜだろうか。
理由のわからない湧き出る不安感に、行き場のない苛立ちを感じてしまう。
そして突然、部屋の中は全くの無風だったのにも関わらず、さらりと風のようなのが頬を掠めた。空気や風のようで物体では無いなにかだ。その正体を認識する間もなく、背中にゾワゾワとした嫌な感覚が走った。ジットリと湿ったように生暖かく、微妙に冷たい気味の悪い空気が、まるでオレを窒息させたがるように纏わりついている気がした。
非常に不愉快でジワジワと精神を削られる気がするが、殺意は全く感じられない。悪意の塊なら容赦なく攻撃ができるというのに、それができず非常にもどかしい。
「……どうした? 挨拶とやらはもう終わったのか?」
 僅かな明かりでさえ恋しいと思ったのは、いつぶりだろうか。夜に怯えるマンモーニのような考えと、絞り出すように声を出した自分自身が情けなくなる。
「あぁ、すみません。興味津々にこっそりと出てきていたくせに、いざ対面ってなると、恥ずかしがって。……さぁ、出ておいでノクターン」
 霧坂が呼びかけると、さっきまでの嫌な感覚が背後でさらに大きくなった。勢いよく振り向くと、ブワッと空間が歪み黒く大きな影がオレの目の前に現れる。その影はやがて上半身だけの大きな人骨の形に姿を変えた。そのスタンドは時々ユラユラと不安定に揺れ、暗いはずの室内でもその存在は、はっきりと見え圧倒される。
 これまで見てきたスタンドの中でも群を抜く大きさ。本体である霧坂とは考えつかないほどの禍々しさにオレが何も言えずにいると、スタンドから出た影がオレの身体を包み込むように纏わりついた。人肌よりも少しぬるい温かさは、たださえ蝕んでいた精神力をさらに吸い取られているような気がした。今すぐそいつを引っ込めろと、声を上げることも、メタリカを出すどころか身を捩って振り払う気力さえ湧かない。
『……ヨロシクネ、新シイ……リーダー。』
 まるで脳に直接語りかけてくるように、オレの頭の中で嗄れたしゃがれた声が聞こえた。メローネのと同じように言葉を話せるスタンドなのだろうと、最初は予想をしていたから特別驚きはしない。だが、四六時中まるで死人のようなこの声を聞いていたら、きっと身が持たないだろう。
一言挨拶をして霧坂のスタンドは満足したのか、ススっとオレの身体から離れた。その瞬間、水中深くからやっと酸素が取り入れられたかのように、今までの息苦しさが嘘のようになくなった。ホッとしたのも束の間、大きな骸骨はグニャグニャとまた姿と大きさを変え、小さな黒い塊に戻ると一定の場所をグルグルと回るように移動し始めた。
「……そいつは、本体とは別に自我を持っているのか?」
 部屋のあっちこっちへと自由気ままに移動している様子を見て、もしかしてと聞いてみる。
「えぇ、見ての通りです。いい話し相手になるのですが、僕の意志と関係なしに出てきちゃうこともあるので、そこがちょっと困りどころですね」
 霧坂の言葉に反応するかのように、スタンドはこちらに近づいて小さく跳ねた。どうやらこのスタンドは、本体と違って落ち着きのなさそうな性格に思える。
“ガシャガシャ……ガシャガシャ……”
「……?」
ほんの僅かだが、聞き覚えのない音が耳に入る。金属のように硬い物体が擦れたような音だ。音の出処を探って、慎重に耳を傾けたがその音はもう鳴ることはなかった。
「ふふッ、ノクターンがリーダーの事気に入ったみたいで、嬉しそうにしています」
「それは何より……」
 どこか楽しげな霧坂の反応に、はたしてそれは喜んでいいのだろうかと、複雑な心境になる。
「えっと、改めて紹介しますね。僕のスタンド『nocturne/夜想曲』と言います。ショパンの曲から取った名前です。自我があって、今のようにスタンド使いの人だったら、接触すると声が聞こえて話すことができます。不定形型の影と闇のスタンドで、変幻自在なのが特徴です。攻撃力は強いですが、手加減があまりできなく、発生条件が悪いとスタンドを出すことができないというデミリットもあります。こんな能力なので、前のチームでは拷問をするよりも、ターゲットの護衛を全滅させるのが僕の役目でした。……あっ、ここまでで、なにか質問とかありますか?」
 自分の自己紹介よりも長く、生き生きと嬉しそうに自分のスタンドを紹介する事に、オレは面食らう。自分の生命が掛かることなのに、安易に能力について語りすぎる。普通ならば弱点を突かれることを恐れ、隠すことが当たり前。簡単に命を奪うこの世界なら尚更。部下の連中でさえ、最初はなかなか公言しなかったぐらいだ。
「……本体の自己紹介よりも、よく話すな」
「そりゃあ、そうですよ。長いこと一緒にいる僕の大事な友人でもあるのですから」
命知らずの愚か者だという意味も含めて言ってやると、そんな皮肉通じていないのか霧坂はどこか誇らしげそうに主張した。ずっと一箇所に留まっていたノクターンは、その言葉に反応するかのように、また一つ飛び跳ねた。
“ガシャガシャッ!”
「ッ!」
 さっきは気のせいかと思った擦れた音が、今度は何倍にも大きく鳴った。聞き間違えではなかった音に、オレはその出処をすぐさまに探った。
『こらッ、大人しくしてなきゃ駄目だ』
警戒をするオレとは正反対に、霧坂は聞いたことのない言語で何かを発言した。まさかと思い、ノクターンに目をやると霧坂はそれに気がついたかのように、ハハッと短く乾いた笑い声を漏らした。
「すみません、落ち着きがなくて。嬉しくなると音を出す癖があるようで」
「……そうか」
 オレはそれしか言いようがなかった。暗殺するっていうのに、感情によっては音を出してしまうのは致命的だろうと思うが、霧坂のスタンド解説を聞く限り、コントロール次第では人を殺すのに最適なスタンドだと思う。不定形ということは物理攻撃が効かない上に、闇や影に紛れての奇襲攻撃ができる。……ただ実際の実力がわからなければ、今度の任務の配置に困る。おまけに、ペッシのようなまっさらな新人とは違い、それなりにキャリアのある新入り。これまでの経験なんかを考えると、扱いがかなり難しいかもしれない。
「もうスタンドをしまってくれて構わない。そこのリビングにいる奴らの誰かに、アジトの案内をしてもらえ」
「……わかりました。失礼します」
 未だに視界は暗闇に慣れないが、空気の動きで霧坂がご丁寧に一礼したのだろうと感じた。静かな足音が前を過ぎって、ドアが開かれると一気に眩しい光が入り目をしょぼつかせる。
 たださえ大量の書類を片付けなくてはいけないのに、また考えなくてはいけない事が増えてしまった。微妙に地位のある立場っていうものは損ばかりである。また溜息しか出てこないが、ひとまず今は一つだけ。
「……電気を点けてから行け」
 そんなボヤキは暗闇の中に溶けて消えた。


prev / next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -