Shadow Phantom | ナノ
 4:駅前から車で20分、3階建てビル、ガレージあり。家賃はおいくら?

 15分ぐらい車を走らせて到着した場所には、3階建てくらいの薄汚れたビルがあった。1階はあまり頑丈そうではない簡素なドアと、その横には下ろされたシャッターがあった。シャッターには遠慮なくスプレーで落書きがされているが、このネアポリスにとっては、落書きなんてごく当たり前の事でもある。憂いことだけれど、いちいち気にしていたらこの街では住んでいられない。
 リーダーが車から降りてシャッターを上げると、あまり心地よくない派手な音が周囲に響いた。
 覗かせた室内はガレージになっているのが、車内からでも認識できた。バイクと車が一台ずつ止まっていて、あとは乗っているこの車を入れられるほどに中は案外広いようだ。
 隅に置かれたスチールラックには、工具箱に車やバイク用のスプレーや洗剤などが置かれている。他にも空っぽになったペットボトルに、数年前の雑誌が乱雑に散らばっていた。お世辞にも片付いているとは言えない。だけど暗殺者が集まるアジトでも、一般人と同じような生活感がある事に、どこか僕はホッとした。
 ”案内する”と、短くそっけない言葉に促され、またリーダーの背中を追うように簡素なドアの前にある階段を登っていった。

 2階に上がると、薄暗い廊下に出た。右側は5枚、左側には1枚のドアがある。そしてその左側のドアからずいぶんと賑やかな声が廊下に漏れている。
「……全くあいつらは騒がしいやつらだ」
 隣にいたリーダーがボソッと呟いたのが聞こえた。
そのドアを開ければ、ワッと漏れていた声がダイレクトに耳に入った。
「よぉッ! 帰ったかリーダー」
 僕たちが部屋に入ったのに気がついたのか、誰かの明るく声が掛かると次々にまた違う声が飛んでくる。土産はねぇのかとか、任務だったのか?とか何か物を蹴るような音も聞こえて、ずいぶん大人数だなとリーダーの広い背中の後ろで思った。
「あぁ、帰った。ソルベとジェラート以外全員いるな。……お前ら、今日から新入りが加わる。霧坂」
 そう呼ばれ、リーダーの背中の後ろからひょっこりと姿を表すと、たくさんの視線が自分に集まった。ざっと見る限り、6人はいると思う。
「今日から入りました。凜・霧坂です。凜が名前で霧坂が苗字です。好きな方で呼んでください、よろしくお願いします」
 簡単に自己紹介をして、頭を下げた。あながち間違ってはいないけど、これじゃ本当に転校生みたいだ。
「……リゾット、リゾットよぉ〜ここは保育所じゃねぇんだぜ? マンモーニはペッシだけでじゅうぶんだ」
「そうは言っても、上からの指示だ。仕方がない」
「また俺らに厄介事を押し付けやがるのかァァッ? 本当に上の連中はクソったれ共ばっかだなッ! クソがッッ!」
 “この人モデルです。”と、紹介されても何も疑問に持たないぐらいにキレイな顔をした金髪の人と、赤い眼鏡で水色の髪があっちこっちクルクルに巻かれたヘアスタイルが特徴的な人は、僕を見るなり露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
 赤眼鏡の人はよほど嫌なのか、ブツブツと呟きながらソファーを蹴っ飛ばしている。もしかしたら、さっきの何かを蹴る音を出していたのもこの人かもしれない。
そんな彼から目線を外し、別の人は……と思いながら顔を動かすと、いつの間にか目元に変なマスクをした人が僕の目の前に立っていた。流石にリーダーの時よりは驚かない。だけど、口元は笑っているがどこかギラギラした目をした男は、だいぶ恐怖心を与えられるものだ。
「なにか……」
 用ですかと続けて言おうとした瞬間、さっと手が伸びてきてかけていた眼鏡を外された。ボヤッとした視界の気持ち悪さよりも、その行動に理解できずに言葉を失った。
「ベネっ! やっぱり可愛い顔しているじゃあないか。君は日本人かい? 若そうに見えるけど、実際は何歳? 日本人って年齢の割に幼く見えるって聞いたけど、どうなのか知りたいなァ。 それに、ここのチームに来るって事は、すでに殺しは経験済み?」
「えっと……とりあえず、眼鏡返してください。質問には答えるので」
 ほとんどノンブレスはまだいいが、グイグイと距離を詰めてくるのは勘弁だ。嫌な態度を出さぬように、丁重にお願いすると相手はどこか不満そうだったが、なんとか返してもらえた。一応素直に返してくれたことにほっとしつつ、ひとまず聞かれた質問に順々と答える。
「まずは、僕は日本人です。年齢はこれでも今年で28歳、殺しは得意分野です。こんなもんでいいでしょうか?」
 かなり簡素に答えると、さっきまで騒がしかったのが静まった。興味津々で聞いてきた本人は、わざとか本心なのか信じられないと言わんばかりのオーバーアクションをする。
やはり年齢で引っかかるのだろうか。自分自身では年相応の顔をしていると思っている。だけど、あまり掘りの深くないこの顔は、こっちでは幼く見えるようだ。自分では打ち消せないこの微妙な空気の中で、最初に口を開いたのはリーダーだった。
「霧坂、いろいろ話を聞くからこっちに来い」
 周囲にある家具や人の集まりを見る限り、ここはリビングと仮に認識していいのだろうか。現在いる部屋の奥側には、また別の部屋があるらしい。リーダーは僕をそこに招き入れる為か、いつの間にかそのドアを開けていた。僕は、他のメンバーに軽く頭を下げてリーダーの後を続いた。ドアが閉まる瞬間、また騒がしくなったのが耳に入った。



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