Shadow Phantom | ナノ
 38:イルカのあの子よりも厄介な存在

 お客様を案内し、注文を受け、フォークやナイフ等のカトラリーを用意し、注文された料理を運ぶ。
 何年も続けている業務を今日もちゃくちゃくとこなしながら、本日何回目かわからない欠伸を、誰にも見られないようにこっそりと噛み締めた。
 滞在時間はほんの僅かだったカラブリア州から、蜻蛉返りでまた三時間ちょいを掛けてネアポリスに戻り、僕は仮眠を取る暇もなくバタバタとバイトへと出勤。10代や20代前半ならともかく、30手前になった今では、あまり寝ずの仕事はちょっと体に堪えるようになった。若く見られがちの見た目とは違って、肉体はジワジワと歳を重ねていることを実感しながらも、僕はギャングの仕事とは少し離れた一時を過ごす。確かに体力は消費するが、この穏やかな時間は嫌いではない。
――〜♪
 誰かが来店するベルが鳴る。仕事用の笑顔を作ってご案内しなくてはと考えていたが、よく見知った顔を見てある意味悟る。この国に住んでいれば、何だかんでギャングとは関わりを持つって事を忘れかけていたのかも知れない。
「いらっしゃいませ皆様」
「よぉ、久しぶりだな。邪魔させてもらうぜ〜」
 ゾロゾロと続けて来店してきたのは、馴染みのある護衛チームのメンバー達だ。確か以前、花屋の主人が相談をしに来たのが最後に会った時だったはず。僕も立て込んでた任務やら、ソルベとジェラートの事やらで気が付かなかったが、恐ろしい程に時の流れとは早いものだと実感してしまう。
 おおよそ約一ヶ月ぶりぐらいに会う彼らは、特に普段とは変わらない様子だ。次々に話しかけられる事に、僕は適当に話の相槌を打ちながら、個室へ行く彼らの注文を受けていく。
 ワイワイと賑やかに話している彼らを見る限り、また彼らのチームリーダーは一緒にはいないらしい。案外どこのチームリーダーも人一倍忙しく動いているんだろうなと考えながら、毎回の如くカトラリーの準備を始めたのだった。
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「久しいな。邪魔させてもらうぜ」
「あっ、いらっしゃませ。皆様もうお揃い……えっと、後ろの方もご一緒でしょうか?」
 ……『いらっしゃいませ、皆様もうお揃いですよ』という、もう幾度も口にした典型の会話だが、それは時にして大きく変化する時もある。それは最初は一人だけ来ていた彼だったが、その数秒だけで気がつく変化というのは少なくても4回目となるだろう。 
「あぁ、実はそうなんだ。紹介させてもらおう。こいつはジョルノだ。今日からオレのチームに入ることになったから、色々とよろしく頼むぜ。……ジョルノ、この人は凜だ。ここの店員でな、オレの古い顔見知りでもあるんだ」
「ようこそ、トラットリア『SPERANZA/希望』へ。なにか御用がありましたら、どうぞお声掛けくださいね」
 彼の一歩後ろに立っていたのは、金髪で前髪が特徴的な男の子だった。どこか大人びた雰囲気を持っているが、よく見れば顔に幼さが残っているのを感じる。おそらくまだ10代の少年だろう。
 久しぶりの変化した会話文に懐かしさを感じながらも、僕はいつものように仕事用の笑顔を作って頭を下げた。すると”ひゅッ”と、まるで何かに驚いて息を呑むような声が耳に入った。『ジョルノ』という名の少年の顔は見えないので、どういう表情を浮かべているかはわからないが、その僅かな声はブチャラティさんには聞こえてなさそうでも、確かに僕には聞こえた。
 頭を上げれば、少年の顔は涼しい顔をしていたが、視線を横にして僕と視線を合わせようとはしなかった。どこかで会ったことがあっただろうか?と、ちょっとばかし思い出してみたが、こんな特徴的な少年を忘れる事はできないだろう。
「――〜! ――ッ!」
 そんな思考を遮るかのように、護衛チームが使っている個室から言い争うような騒がしい声が聞こえてくる。長い付き合いだからこそ何となく想像できるが、また少年組達が勉強で言い争いをしている声だと思う。
「……ったく、あいつら……他のお客さんに迷惑だろうーが。凜、騒がしくさせて申し訳ない。オレからきっちりと叱っておく」
 ブチャラティさんは、申し訳無さそうな表情を浮かべると、ジョルノを連れて個室へと向かった。
 その後ろ姿を見届けると、早速ノクターンが後を追いかけようとした。
「あっ、ちょっと凜。悪いんだけどさ、買い物に行ってきてくれないか? ブチャラティさん達の対応は私がするから」
「……わかりました。行ってきます」
 スタンド使いが揃うチームにやって来るという事は、きっとあの少年もスタンド使いなんだろうと、盗み見をするつもりだった。だが、残念なことに店長からお使いを頼まれてしまう。仕方がなく僕は承諾し、ノクターンも残念そうにズコズコと僕の元に戻ってきた。買い物程度なら自分一人でも大丈夫だが、『万が一』という事を思うと、スタンドを戻さずを得なかった。
 店の電話が鳴るのと同時に、僕は店を出たのだった。


【チャットルームに更新があります】
 帰って早々に仕事用のPCを開けば、デスクトップに一件のメッセージが表示されていた。
 目が痛くなるほど毒々しいデザインをしたそのテロップの周りには、メローネのスタンドである『ベイビィ・フェイス』らしきキャラクターが、フヨフヨと電子の海を優雅に泳いでいる。
 チャットルームに入室する為に、マウスを操作しアイコンをクリックすれば、パスワードを求める画面が出てきた。
 ――ちなみにこれは、『暗殺チーム』が仕事に関してのやり取りをする為の専用チャットだ。メローネとジェラートが共同開発をし、外部の人間にはそう簡単にアクセスはできないそうだ。このデータが入ったDISCを最初に渡された時は、何らかの怪しいウイルスもおまけに入っているんじゃないかと疑ったが、以前それに似たような事をして派手に叱責されたらしい。半分疑いが残っているが、一応安全なデータではあるようだ。(だが、このチャットルームをPCに取り組んでから、画面の至る所にベイビィ・フェイスらしきキャラが神出鬼没に現れるだけでなく、どうしても消すことができないので、それはそれで地味にムカついていたりしている。)
 まぁ前置きはともかく、長ったらしくてとても暗記していられないパスワードを入力し、ようやく僕はチャットルームに入室することができた。
 どうやらパッと見る限り、僕がバイトをしている間に頻繁なやり取りがあったらしい。チャットに参加しているメンバーの名前一覧を見れば、ほぼほぼ全員の名前が揃っている。もしかしたら結構重要な連絡なのかもしれない。
 未読である一番最初の文章までスクロールすると、最初の発言者はどうやらギアッチョからのようだ。
【GHIACCIO:Volvo si é suichidato nel carcere di Neapolis, alle 9:25 di stamattiana 】
「…………ネアポリス刑務所にて、ポルポが拳銃……自殺?」
 最初は自分の翻訳間違いかと思ったが、何度読んでも答えは同じで、ギャングのチャットに出てくる『ネアポリス刑務所』という単語と、『ポルポ』という名の人物はあの男だけだ。
 彼と最後に顔を合わせたのは、組織入団が決まって間もない頃のたった一度だけだが、今でもパッと姿を思い浮かべられるぐらいにインパクが強い風貌をしていた。体型と同じように態度もふてぶしさが隠しきれてなく、一見は自殺をするような玉じゃないと思ってしまうぐらいに。……だが、よーく思い出せば、圧倒される巨漢は見掛け倒しで、実は案外臆病者だった。
 やろうと思えば簡単に出れてしまう豚箱のような刑務所に、ずっと留まっていたのは、何より身の安全を守れるからだ。そもそもスタンド使いなのかも知らないが、初対面の時にやった揺さぶりという脅しをした時も、面白いぐらい顔色を変えて怯えていたのだ。自分たちの知らない所で、『自殺』というバッドエンドに逃げてしまいたくなるぐらいの何かがあったのだろう。
【Cercarelo_(捜せ)】
 画面に続く同じ単語は、全員の心境をよく表していた。まだ誰も口に出してはいなかったが、何となく皆は、幹部であるポルポが裏で娘を匿ったのだろうと予測していたのかもしれない。
 だがしかし、ポルポが死んだという事で、その予測は裏切られた。そうなると、最初からポルポではなく別の幹部の人間が動いたのかも知れない。秘密主義のボスが、死ぬほど隠したがるだろう血縁者を託すなら、幹部という上の立場の人間しかできない。……でも、情報通や勘の良い人間に勘付かれる危険性もある。僕達のように娘を狙う者が出てくるとなると、例え保護するにしても娘を守るための実力者……所謂スタンド使いが必要になるだろう。
 一度落ち着いてからザッと頭の中を整理し、その対象者になるだろう人物は何人か思い浮かんだが、『あの人が護衛しているだろう』という確証がなかった。
 僕もなにか発言をしようかとキーボードに指をかけたが、言葉が思いつかず打ち込むのを辞めた。一瞬だけ『護衛をしそうな人間に心当たりがある』と思い浮かんだが、逆に余計な疑心を持たせてしまうだろう。それに、どちらにしろその僅かな確証はきっと近いうちにわかる。
 (まだ知らされていない幹部の葬式日が、きっと……。)
 今はただ、少なかった睡眠を取り戻すかのように、ソファーに身を沈めたのだった。


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