Shadow Phantom | ナノ
 36:二度ある事は三度目もあるのだろうか?

――Vico palonetto Santa Chiara……
 そこそこ人通りの多い商店街から一本狭い路地に入った所には、新しいアジト先がある。
 以前に比べれば、駅から近く交通の便も良いし、歩いて数分の所にはスーパーもある。だけど、アジトのあるこの小道は、人目が少ないせいか所々に落書きをされていて、アジトの建物さえも落書きされている始末。おまけに移転先のアジトにはガレージなんて便利な空間が無いから、車は路駐になったし、僕のバイクも停められないので自宅に置き場所を変えた。
 立地面では利便性が良いが、室内は狭く部屋数もないので、全員が住めるような環境ではなくなった。どっちかと言えば、デメリットが多い所ではあるけれど、即急に探した中では一番まともな物件だったらしい。

 山のように積まれた空きダンボールの障害を乗り越えて、やっとの思いでリビングの部屋を開けると、真っ先に目に飛び込んできたのは、藤色に近いピンク色をした髪の毛だった。
 少なくても僕達のチームには、そんな髪色のメンバーはいない。……此処の前の住人だろうか?と警戒しながらも、僕はノクターンを控えた。
「あのっ。……どちら様でしょうか?」
 いつでも殺せるぞという殺意を隠しつつ、僕はなるべく男に刺激を与えないように声を掛けた。
 すると、その男は振り向くどころか、僕の問いかけに対して大げさに思えるぐらいに吹き出し、肩を震わせて、堪えきれませんでしたと言わんばかりに笑い始めた。
「えっ? えっ?」
 普通に振り向くか、それとも振り向き際に攻撃をしてくるかとてっきり思い込んでいたが、僕の予想は大いに外れたらしい。突然笑い出した男に、警戒心など動揺で霞んでしまい間抜けな声を出してしまう。
「……まさか君に気づかれないなんて、思いもしなかったなぁ」
「えっ、あっ……メ、メローネッ!?」
 一通り笑い済んだのかようやく僕の方へと顔を向けた男の顔を見て、僕は更に驚愕な声を上げてしまう。
 アシメントリーなヘアスタイルは相変わらずではあったが、その髪色は以前のような派手な金髪ではなかった。おまけに、普段着ていた円の模様が入った中途半端に布が少ない奇抜な服ではなく、その辺のお兄さんが着ているような、シンプルで露出などない服を着ていた。毎日顔を合わせていたのにも関わらず、髪色と服装を変えるだけで、後ろ姿はまるで他人のように見えてしまった。
 ……洞察力が欠けてしまっていたのは、暗殺者失格だぜと言われても文句は言えない。
「どうしたの、それ……?」
「あぁ、なかなか似合うだろ? 我ながら上手に色を乗せる事ができて、ベリッシモ満足だ」
 メローネが髪の毛をかきあげる仕草をすると、確かにムラもなく綺麗に染められているのがわかる。
「ずいぶん可愛らしい色にしたんだね」
「凜も気に入ったの? オレとオソロにする?」
 ”遠慮しておこうかな”と答えるのと同時に、ガチャリとドアが開く。どうやらアジトに暮らしているギアッチョが起きてきたようだ。
「なんだ。また髪の毛染めたのかメローネ」
「まぁね。今回の色もなかなかいい色してるだろ?」
 また……?という事は、これまでもコロコロと髪色を変えているのだろうか?と、横で話を聞いていてそんな事を考えた。
「メローネの奴は、アジトを移転する度に髪色を変えるんだ。心機一転とかいうやつらしい。金髪の前は、オレンジだったんだぜ」
「へぇ……」
 僕が何を考えているのか察したらしいギアッチョは、あまり役には立たない豆知識を教えてくれた。綺麗な色をキープするのにも、ちょくちょくと染めないといけないと耳にしたことがあるが、よく髪の毛が傷まないなと感心する。
「ところで、新しいアジトの住心地はどう?」
「まぁまぁって所だな。雨漏りしないだけマシ。……だけど、問題は飯だな。近くの飯屋で食べるようになったから、今はいいけどそのうち飽きそうだぜ」
 現在住居のないギアッチョやメローネは、前と同じようにアジトに住み着いている。書類作業で一日のほとんどをアジトで過ごすリーダーが、色々と面倒を見ているらしい。
 ソルベとジェラートは、身代わり人形で組織を騒がせ、その隙きに国を乗り越えて無事に身を隠す事に成功した。ホルマジオは適当な住処を見つけていた。プロシュートは家賃の節約なのかペッシと一緒に住める場所を見つけた。イルーゾォは自分のスタンド能力をうまく使って、点々と寝所を変えているらしい。
 裏切りを決断してからほとんどの日数は経ってはいないが、アジトの移転を含めて環境はガラッと変化していた。そんな中でも変わらないのは、『あくまでも与えられた仕事はキッチリとやりますよ』という組織に対しての姿勢だけだった。


「こんにちは、ちょっと話を聞きたいんですが、今いいですかね?」
 バイトが少し早く終わった帰り道。建物が作った日陰を歩きながら、澄み渡った空を眺めて歩いていると、不意に声を掛けられた。
 しかし、最初は声を掛けたのが自分だとは思わなくて、そのまま足を進めたが、その声の主は慌てたように僕の腕を掴んだ。
「……っ」
 突如他人に触れられた不快感で振り払おうとしたが、困ったように眉を下げている青年の顔を見て、どこかで見覚えがあるような気がして、僕は振り払う事を止めた。
「お久しぶりです。もちろんボクの事覚えていますよね?」
「あっ、えーと…………」
 イタリアに来た当初から記憶を探り、過去に会った人たちの顔ぶれを必死に思い出す。
 彼に関しての検索結果は案外すぐに出てきたが、僕がこうやって思い出している素振りをしていると、彼はわかりやすく焦ったような表情に変えていく。
「えぇっ!? 覚えていないんですかぁ!?」
「……いえいえ、ちゃんと覚えていますよ。『ドッピオ』さん……ですよね?」
 ほの少しだけ意地悪をしてしまったのが、申し訳なくなるぐらい彼は心底安堵した様子を見せた。
「それで……どのようなお話でしょう?」
「……ここではなんですから、あそこのカフェテリアに入りませんか? あっ、テラスが空いている……テラス席の方が開放感もありますし、どうでしょう?」
 ドッピオは通りを挟んだ向う側にあるカフェテリアに指を向けた。彼の言う通り、店の前には数席分のテラスが設置されていて、まだ少し肌寒いせいなのか満席にはなっていなかった。
「えぇ、勿論」 
 『彼』が僕の元にやって来たという事は、いよいよ上層部が探りにやってきたのだ。ここで上手く誤魔化しておけば、あの二人は完全に組織の目から逸らさせる事ができる。そう考えれば、断るどころか断っては絶対にいけない。
 抵抗なく誘いに乗ったことに安心したように、彼はまたホッとした表情を浮かべる。目的の場所へと足を向けたのだった。

 僕が目の前を歩く『ドッピオ』という少年に会ったのは、まだ組織に入って間もない頃だった。
 あの日も今日と同じような良い日和で、あの日と同じように彼はどこかオドオドとした口調で僕に話しかけてきた。
“凜・霧坂さん。……ですよね? 貴方に話があるんです。そのっ、組織関係の事で……”
 何度も『あの日と同じ』と、クドく繰り返してしまうが、頬のソバカスが目立つ彼はあの日と同じように、僕がバイト帰りの時に出会った。


「えーとボクは……このセットでお願いします」
 2人分の注文を終えると、途端に沈黙が続く。まぁ、要件を切り出している途中に、店員が戻ってきて内容を聞かれてしまったらマズイからだろう。
 だが、誰かと一緒に居る時に、沈黙した雰囲気は普段なら苦手ではないのだが、どうしてだが相手が彼の場合だと、早く店員さんが戻ってきて欲しいと願ってしまう。普段から交友どころか、一回しか会ったことのない組織の人間だからなのかもしれないが、一秒一秒が遅く感じるのが苦痛に感じた。まだ序盤だっていうのに、これからの話し合いを冷静に対処できるのだろうか?と不安が募る。
「今日も……良い天気ですね。まだちょっとだけ寒さはありますけど」
「えっ!? えぇ……そうですね」
「「…………」」
 会話終了。気まずさから思わず世間話の鉄板である『天気』についての話をしてしまったが、あっけなく会話は止まってしまった。というか、余計に気まずさが深まった気がする。つまらない事を言うんじゃなかった……と、小さな後悔をしていると、カチャカチャと陶器がぶつかる音が聞こえてくる。こっちに向かって歩いてくる店員さんが、まるで救世主のようで後光まで見えそうである。
「お待たせしました〜」
 こっちの重たい空気など微塵にも感じないのか、店員さんは爽やかに注文した物を置いていったのだった。
「――――さて、そろそろ本題に入りましょうか。単刀直入に聞きましょう。貴方が現在所属している暗殺チームの……そう。『ソルベ』と『ジェラート』っていう二人がいますよね? この二人が現在どういう状況になっているか知っていますか?」
 目の前に座るドッピオは、さっきまでのオドオドとした脆弱そうな青年にはとても見えなかった。僕を見つめてくる視線は、暖かさもない爬虫類のような瞳をしていた。
「死んでしまったらしいですね。僕が彼らに会ったのは、一度……いや、二回程度でしたので、彼らについてはあまり詳しくはないんですが……」
 質問自体は別に予想外ではなかった。というのも、きっと二人の死体が公に発見されれば、誰かしら組織の人間が情報を聞き出しに来るだろうという話は出ていたし、もし何か聞き出そうとしたら、『二人が死んでしまった事』と、もっと深く聞き出されそうとしたら『あの二人は、常に二人で行動していて、あまり姿を見たことはない』とこの二点を強く押し切れと、リーダーからのお達しもあったのだ。流石に僕の元へドッピオが来るとは予想はしていなかったが、別のチームから来た人間じゃ庇う情も無いだろうと思われ、一番話しを引き出せそうと思われたのかもしれない。
「へぇ……同じ場所に住んでいたようでしたが、それでも会ったのはその程度なんですか?」
「そうですね。確かに同じ場所には住んでいましたが、会ったのはその程度です。他のメンバーはわかりませんが、僕はほぼ話したことさえもありません」
 返事は簡単ではあるけれど、決して嘘臭さを感じさせてはいけない。相手が心理学の知識を持っている可能性を考えて、言動でバレるような事をしないように気をつける。どうか気が付きませんように……。
「………………そうですか。まぁ、確かに貴方はまだあのチームに入って時期が浅いようですしね。それじゃあ、まだチームメンバーについては知らない事もあるでしょう。……わかりました」
 長くなりそうな尋問は、拍子抜けするほどあっという間に終わってしまう。ギャングの詰問がこんなにもあっさりと終わってしまって良いのだろうか?妙な不安が胸をよぎる。
「……あぁ、そうそう。最後に一つ」
「……?」
「凜・霧坂さん。貴方、親衛隊に移る気はありませんか? 腕があって、聡明そうで落ち着いた貴方が入ってくれると、ボクも助かるんですが……」
「っ!?」
 突然の勧誘には全く予想もしていなかった。思わずテーブルに足をぶつけ、カップとソーラーを擦れた嫌な音を立ててしまう。カップが動いた拍子に飲み物が数滴テーブルに飛んでしまったが、それどころではない。こればかりはドッピオが何を考えているのかなんて、わかりっこないからだ。探ってくるような視線が読めない。誘いに乗るつもりはないが、暑くもないのに嫌な汗が浮かんでくる。
「僕を買ってくださるのは光栄ではありますが、僕は今のチーム内での仕事内容に不満は持っていません。組織でも汚れ役だと言われてはいますが、『暗殺』は自分の性に合っているので……なので、申し訳ありませんが、そのお誘いは辞退させていただきます」
 椅子から立ち上がり深々と頭を下げれば、長く溜息を吐く音が耳に入った。”そうですか……残念ですね”と、あまり気落ちしていない声に、僕は顔を上げた。
「あぁ、そろそろ時間か……時間もらってすみませんでした。ボクは先に失礼しますね」
 ドッピオは腕時計を確認すると、どこか少し焦った様子でお金を置いて去ってしまった。
 遠ざかる背中を半端呆然と見届ける。本当にあれだけで納得したのだろうか?
 二人の身代わりを組織本部の前に置く事を提案したのは僕だけど、完全に欺くことはできたのだろうか?時間を戻すことはできないが、今更ながらもあの行動が正解だったのかと余計な不安を覚えてしまう。どうか杞憂であってほしい……と、そう願っていると遠くから女性の甲高い悲鳴と共に、車の唸るようなエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。
「……はっ!?」
 本来なら道路を走っているはずのトラックが、歩道を乗り越え急スピードで僕のいるテラス席に突っ込んできたのだ。異変に気がついた通行人の『危ないっ!』という声と共に、車は僕の目前まで来ていた。
 ――衝突した激しい轟音、ガラスは砕け落ち、タイヤは回転を止めることなく空振る音を鳴らす。
 ギャルギャルギャル!と車は前進する事はできないのに、アクセスはずっと踏みっぱなしにされていた。
 トラックとは鼻先ギリギリまでしか距離がないが、割れたガラスの破片が頬を切った程度しか怪我はしなかった。日の陰りが運のいいことに僕の足元にあったお陰だろう。間一髪の所をノクターンで防ぐことはできたが、相変わらずトラックは進もうとしようとしていたので、仕方がなく運転席を確認した。
「…………」
 トラックの運転手は一応生きていた。だがしかし、病気のせいで運転ができなかったわけではなさそうだった。虚ろでどこを見ているかわからない瞳、頭が切れて血が流れているのに、うわ言で何かを呟きヘラヘラと口元が歪んでいる。『重度の薬物中毒者』まず思ったのはそれだった。暴れられるのを防ぐために、気絶をさせてからエンジンを切ると、ようやくトラックは暴走を止めた。
 
 額に浮かんでいた嫌な汗は、とうとう頬に伝わった。それは危機一髪だったからではなくて、彼と初めて出会った日も、同じような事があったのを思い出したから。そしてそれと一緒に、初対面の彼の姿も明晰に思い出してしまう。……あれからもう8年が経つのに、彼の姿は『あの日と同じ』で、服装も体型も声調も何もかも変わらないままだった。

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