Shadow Phantom | ナノ
 35:揃える物は、髪の毛と服と身代わり人形

 口裂け女、合わせ鏡、トイレの花子さん、メリーさんの電話。そしてドッペルゲンガー。今上げたワードは、所謂日本での都市伝説と認定されている物である。
 これらの話は成熟した大人にとっては正にくだらないと思えるものだが、まだまだ感受性の強い子供にはうっかりと信じ込んでしまいがちになる。
 しかしこれらの都市伝説というのは、何も日本だけにある存在ではない。
 例えばアメリカだったら『なめられた手』、ブラジル南東部では『コルポ・セコ』、ロシア東部の『アンチバル』などなど薄気味悪い話が各国にはあるが、都市伝説によっては一国だけでなく他の国とも共通するのもある。
 その一つにはさっき上げた『ドッペルゲンガー』もそうだ。その一説として古代の哲学者ピタゴラスは、ある時の同じ日の同じ時刻にイタリア半島のメタポンティオンとクロトンの両所で大勢の人々に目撃されたという話があった。
 この世には自分と似た人が3人はいるという説もあるが、もしもその自分のそっくりさんが作ることができたなら、アリバイ作りにはもってのこいだろう。


 ネアポリスから少し離れた中央部。広大な葡萄畑が広がり、住宅地はポツポツとだけある寂しい村。そういう所に【人形を作れる男は住んでいる】という噂があった。
 人形……と言っても、すぐにピンと来る人なんていないだろう。どういう人形だとか細かな情報がわからない限り、その噂は興味を持たれないただの世間話程度。
 だが、それに【身代わり】というワードを付けると、謎の人形に対して一気に想像を掻き立てられる。身代わりというどこか不吉で不気味な単語に、その噂には尾ひれがつく。
 まるで黒魔術のようだと、その男が魔女の末裔だと考え込む者も出てくるだろう。それとは逆に、その人形は自分を守ってくれる物だといい方向に思う者もいる。中にはその身代わり人形という存在に好奇心を持つ人だっているかもしれない。
 僕はその噂話を聞いた時、日本でいう『都市伝説』を思い出した。古く他の記憶に埋もれたその言葉は、小学生の時に散々耳にした話だ。
 "友達の友達が人面犬を見た"とか、"うちの学校にもトイレの花子さんがいるらしい。皆で呼び出してみようぜ"とか、話を半分本気に捉えて面白そうにする子もいたし、少しませた子がそれを咎めたり、薄気味悪さと得体のしれない事に、恐怖に押しつぶされて泣き出してしまう子もいた。
 信憑性のない噂話しは、人によって受け止め方は違うし、元の話から大きく変化することもある。証明されていない話にビクビクするのは何も得することもないし、気に留めることもないと、大人になるつれ忘れていたことだった。
 だからこそ、この異国の地でまるで都市伝説のような噂話を、そういう事を信じていなさそうな同僚の口から出てくるなんて思いもしなかった。中には僕と同じように信じられないとでも言いたそうな表情を浮かべている。
「逃げる時に頭でもぶつけたかぁ? そんな都合の良いような話はなかなか信じられないぜ?」
 その言葉に同調するように、何人かは頷いていた。だが、その話を切り出した張本人は笑うこともなく、真剣な顔をして皆が黙ることを待っていた。
「スタンドが関係していたら?」
「……はぁー。スタンドっね。それって組織が絡んでるんじゃないか?」
 この噂話を持ちかけたソルベは、それを持ち出されたら信憑性が高くなってしまう単語を出した。能力によれば非科学的な事をなんでもできてしまうスタンドならば、確かに黒魔術のような事も都市伝説を作ってしまう程の事をできるのは可能だろう。
 その証拠に、さっきまでとんだ与太話だと半分呆れ、半分は馬鹿馬鹿しいと鼻で笑っていた者達は少しばかり目を見開き、ソルベを見つめた。そして、そんな都合の良さそうな能力ならば、スタンド使いが多いうちの組織が絡まっているのでは?というホルマジオの指摘も頷ける事でもある。
「そいつはどこの組織にも属さない。気のままに住居を転々とし、時にはイタリア以外の国にも出没する。そして、うちの組織でそいつと関わった人物がいたという情報は出ていない」
「だからってよ……そんな何もかも信用ができないやつに会いに行くのは、命を捨てに行くのも同然だぜ?」
「……ずっと二人で相談していたんだ。確かにホルマジオの言うとおり、ボスの事を調べるのと同じぐらい相当なリスクが有るなんて重々承知だ。だけど、このままコソコソ隠れているだけでは、見つけられてしまうのも時間の問題。だったら……オレ等はこの噂話に頼るしかないと思ったんだ」
 ホルマジオの意見に、ずっと黙っていたジェラートが口を開いた。確かに彼の言うことも一理あった。国外逃亡をするにも、誰かの家を隠れ蓑にしても、逃亡した二人を探すため組織は眼を血走りながらも探すだろう。
「それに……ラッキーな事に、一体はすぐそこに準備ができているからね」
 テーブルに置かれた瓶に指差せば、幾つもの視線は自然にそこに集まる。虫眼鏡を使わなければ見えない誰かは、今何を思っているだろう。

 広大な葡萄畑が広がり、隣家とは数メートルも離れた場所にポツポツと家が建っているだけの田舎町。道路は手入れなどされてなく、ボコボコとした地面のせいで車移動は最悪だ。
 ポツンと立つ、まるで廃墟のような小さな家にその男は住んでいた。人が住んでいるのかもどうかも怪しかったが、ドアをノックすれば拍子抜けそうなぐらい簡単にドアは開いた。
 突然来訪した柄の悪そうな輩を見ても、男は恐怖どころか嬉しそうな表情を浮かべ中に招き入れたのだ。
「……ここに来たってことは、消えてしまいそうな噂話を耳にしたからなのでしょう?」
 男はイソイソと人数分の椅子を出し、そこに座るように促した。自分たちを歓迎する素振りを見せる男に、ソルベとジェラート、そしてホルマジオとギアッチョ達は顔を見合わせた。
「アンタがその噂通りの人物ならば、オレ達はその用でここに来た。だが、最初に言っておきたい。アンタが他外に情報を漏らす存在ではないという証明が欲しい」
「証明、ですか? …………そうですね。証明を見せろって言われても難しいとしか言えないです。ただ、これまで私は顧客のリストなんて作ったことはない。というよりも、仕事が終わってしまえば対象者の情報は綺麗に消滅してしまうのです。あぁ……これでは納得なんてしてもらえないかも」
 ソルベからの言及に、男は困ったような表情をする。男は少し考えるような素振りをしながらも、答えを綴ったがそれが大きな証明にならない事に肩を落とした。
「じゃあ単刀直入で聞くが、アンタはスタンド使いなのか?」
 がっくりと肩を落としていた男は、ホルマジオの質問にパチパチと目を瞬かせる。"スタンド……?"と呟くと、男は首を捻りブツブツと独り言を始める。なかなか返事をしない男に、ギアッチョは少し苛々とした様子を見せていたが、男がいきなり軽く手を鳴らした音に貧乏ゆすりを止めた。
「あぁっ! もしかして、あなたが言う『スタンド』というのはこの子のことでしょうか?」
 男の横にフワッと現れたスタンドに、全員が身構えた。攻撃されたらという万が一の事に備え、攻撃力の強いギアッチョを同行させたが相性が悪い場合もある。
「この子は私が幼少期の頃からずっと一緒に居た子なんです。……残念ながら他の方には見えない存在なようですが。まぁ、この仕事での一番の貢献者なんですよ」
 男はこの張り詰めた殺気をまるで感じていないのか、能天気にホルマジオ達に説明を始めた。……馬鹿馬鹿しいと、男の態度にそれぞれは身構えるのをやめた。
「さて、それではお仕事の話をしましょうか。今日中までをご希望ならば最高2体まで、3体からは数日かかりますが……」
「2体作って欲しいんだ。ちなみに、しっかり材料は揃えてきてる」
 急に真剣になった男に、ジェラートはコロコロと感情が動く忙しい男だなと思いながらも、持ってきた物をテーブルに置いた。
 どこかこの男はジェラートに似ている所があるなと、ソルベは内心考えながら男に受注金額を聞いた。
「それだと……全身丸々1体だと、このぐらい。部分のみならもうちょっと安い」
 どこから出してきたのかわからないが、男はいつの間にか持っていた電卓を叩き、その金額を見せてきた。
「……たっけぇなぁッ! おいッ!」
 ずっと沈黙を保っていたギアッチョは、その金額の高さに思わず声を荒げた。自分たちの給料何ヶ月分だぁ?と、ギアッチョは自分の見間違いではないかと何度も値段を確認した。
「おいおいおいおい。なかなか吹っかけて…………いや、案外妥当なのかもな」
「えぇ、確かに我ながら高額請求だとは思ってはいますよ。だけど、これは誰もが納得するクォリティーと、絶対にお客様が来たとかそういう情報を口外しないという口止め料も含まれています」
「くっ…………」
 苦痛の顔をしながら唇を強く噛みしめ、自分に視線を向けるソルベを見て、ホルマジオは憐れみながらも小さくしていたボストンバッグを大きくした。
「わぁ、凄い。どこからそんなのがっ! まるでマジックだなぁ。――えっと、確かに受け取りました。交渉成立ですね!」
 札束を一枚一枚丁寧に数える様子をソルベは恨めしそうに睨みつけていた。硬貨一枚足りとも無駄にしたくない程、金にがめついソルベの心境を知るジェラートは、あとで慰めてやろうと心に決めた。
「えーと……あれ? 肝心の人形さんがいないようですが?」
「ここにあるぜ」
 ウイスキーの瓶に入った二粒の存在に気がついた男は、また目を輝かせて大げさなほど喜んだのだった。
「小人さんなんて初めて見ましたよッ! ……んっ? でも、この人達まだ生きているみたいですね……まいったな、人形はその名通りに動くことはないし、喋ったりもしない。だから……」
「あぁ、それは承知している。サクッと済ませるから、アンタは仕事の準備をしていてくれ」
 "まるまる一体なら、損傷はなるべく少なめにお願いします"と、男の言葉を背にホルマジオは一旦外を出ていった。

 ――男の作業は……と言っても、主に仕事をしていたのは男のスタンドの能力ではあるが、男の作業は日がとっぷり暮れるまで続いた。
 男に進められても、最初は誰も椅子に座ることなく突っ立ていたが、あまりの長時間に仕方なく座り心地の悪い椅子に腰を掛けていた。
 怪しげな本だけがある部屋に、ソルベ達は暇をもてはやしていた。本来ならあるはずの冷蔵庫などの生活家電など一切なく、ここで暮らしているのかも怪しいほどだ。本当なら男に色々と聞いてみたい事はあったが、その当人がこの場にいたのは数十分だけで、その後は奥の部屋に引っ込んでしまった。
 "恥ずかしいので、ドアは開けないでくださいね"と男は言い残して入ったが、飽きてしまったジェラートがドアを開けようとしてもドアはビクとも動かなかった。
 仕方無しに怪しげな本でもちょっと借りて読んでこようかと思いきや、イタリア語ではないどこかの文字に誰も読めずに諦めた。ギシギシと椅子が撓る音だけが聞こえる程、全員は精神疲れが来たように黙っているだけだった。
 こんな時に酒でもあれば、少しは場が緩むんだけどなとホルマジオが考えている時だった。ずっと固く閉じられていたドアが勢いよく開き、壁にぶつかり大きな音を立てて反動した。
「お待たせしました皆様! 最高のクォリティーにひっくり返っちゃいますよ! さぁさぁ、どうぞこちらへ」
 長時間の作業に疲れるどころか、逆に興奮した様子の男は目を爛々とさせながらホルマジオ達を中にへと導いた。それぞれが顔を見合わせると、重たい腰を上げ踏み入れることができなかった部屋に足を入れた。
「なっ……」
「こいつは……これが、本当に人形なのか?」
 目の前に入り込んだ物に、全員は言葉を失った。無機質な板でできた台の上には、脳天を銃弾を撃たれたソルベとジェラートが横たわっていたのだ。
 その肌質も、髪質も、その大きさも何もかも、本物のソルベとジェラートとの違いが見分けがつかないほどに完璧だった。
「えぇ、勿論これが薄い噂話の元である『身代わり人形』というやつです。あぁ、でも。此処の損傷した部分だけは元の方のですがね」
 こうやって自分の動かぬコピーを見ることは実に奇妙だと、ソルベとジェラートは思った。そっと手を取り指の腹を見れば、渦巻く指紋も一致しているどころか、服で隠れた黒子さえも同じだった。
「どうでしょう……? お気に召していただけましたか?」
「こいつはパーフェクトだな。だが、体重さえも同じだったら運ぶのは骨が折れそうだ」
「えぇ残念ながら身長も体重もご本人様と同じになっています。なにせ完璧な造形にするのが、私の美学ですから」
 誇らしげに胸を張る男に、ジェラートは一つの質問を投げかけた。
「ねぇ、オレたちの姿をしているこの人形に、もしまた何か破損するような事が起きたら、オレたちにも影響とか出ないの?」
「それはご安心を。まぁ、確かに東洋のとある国では藁で作った人形で憎い相手を呪術にかける儀式があるみたいですが、私の人形は本当にただの人形ですよ。大丈夫、実際試したことがあります」
 笑いながら言う男をあまり信じられないのか、ジェラートは自分の姿をする人形の指を、持ってきたナイフで軽く切ってみた。
「……なるほど。確かにオレには傷なんて付いていない。だけど、この人形が流している血は、一体誰の血だ?」
「それは人形が元々保有していた血ですよ。あくまでも人形に通っていた血を、貴方の情報で上書きしただけですから」
 ジェラートが切りつけた部分は、ポタポタと血を流していた。だがジェラートの指には何の異変もなかったのだ。ギアッチョはまだ男に対して疑心暗鬼を抱いていたが、ここまでの完成度を目の辺りにして納得をするしかなかった。
「最後に一つだけ質問させてくれよ? なんでこんな辺鄙な所で、そんな生業しているんだぁ? 人が多ければ多い場所なら仕事だってもっと沢山来るんじゃねぇの?」
「そうですね。貴方の言う通り、人が沢山集まる都会なら今よりずっと依頼は増えるでしょうね。だけど、それだと駄目なんですよ。忙しくなればなるほど、人形の質はかなり悪くなる。私も体力がいりますからね。そう考えると一回の仕事で、口止め料と完成度が極めた多額の報酬を貰ったほうが、ずっと良いんです」
 ギアッチョがした質問の返答に、今度こそギアッチョは納得どころか男のプロ意識に対して敬意を持った。
 重たい二体の人形を数人がかりで車のトランクに詰め、ソルベ達は男に礼を言って車に乗り込んだ。
 ガタガタと揺れる車道を走り、このままアジトに戻って休みたいと誰もが考えていたが、疲れた身体に鞭を打ってでもやらなくてはいけない事があったのだ。
 "変な男だったよな"とかそんな軽口が叩けない程、重要なミッションが終わるまで誰も口を開かなかった。


『――報告。幹部会が予定されていた日の早朝。組織本部にて、騒ぎが起こりました。何かが書かれた紙を付けられた2体の死体を発見。
 死体を発見したのは組織構成員。一般人には知られていません。
 死体の身元は暗殺チームの【コードネーム:ソルベ】、【コードネーム:ジェラート】の2名。死因は脳天を銃弾で撃ち抜かれ、他殺だと判明。
 現在、暗殺チームのリーダーであるリゾット・ネエロに連絡を取り、チームの現状と二人についてを取調べ中。進展が進み次第、また連絡します。
     親衛隊:ティッツァーノ』
 イタリア最大組織の頂点に立つボスは、電気もない暗い部屋で、PC画面の光が顔に反映されるほど、食い入るように届いたメールを見つめていた。
「ソルベとジェラート……」
 呟いたその名は、最近腸が煮えるほどの怒りを覚えた名前だった。こいつらは組織の最大のタブーだと伝えていた事を、破ろうとしていたゴミクズ共だ。
 あまり頼りにしたくはない下衆コンビに依頼し、制裁をするはずだった者たち。
 だが……『とんだアクシデントが入って、逃してしまった』との言い訳ばかりの報告に、使えないと下衆コンビの給料は下げたのだ。
 このまま野放しにするのはマズイと、情報解析チームに死ぬ気で探せと連絡をしたばっかりだが、結果が早く出た事に安堵した。
 しかしこのままホッとするのは早い。裏切り者たちは暗殺チームだったのだ。二人の行動について、暗殺チームのリーダーや他のメンバーがどこまで知っていたか把握しないといけない。
 ボスは焦る感情に爪を噛り、苛々とした様子で構成員の資料を探ったのだった。

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