Shadow Phantom | ナノ
 34:はい、こちらリトル・フィート運送屋です。

 その話を初めて聞いた者たちは、それぞれ口を閉ざし額に汗を浮かばせていた。
 突きつけられた大きな2つ選択肢。選べば使い捨ての奴隷の継続、選べば死か輝かしい栄光か。どっちかを選べば、片方は消えてもう二度と引き返すことなどはできない。そんな選択肢を今、突きつけられている者たちはどちらを選ぶだろう。
 組織に入団をせざる得ない人物も中にはいただろう。だからこそ、これは組織に入る時とはまた違う大きな決断だった。
「…………プロッ!」
 誰もが口を開こうとしない中、一番に口を開いたのは意外にもペッシだった。玉粒のような汗を吹き出し、わかりやすい程顔を青ざめている。今にも倒れてしまいそうなぐらい足がガクガクと震えている。そんな彼に幾つもの視線が集まると、ペッシは震えながらも何度か深呼吸をして再び口を開いた。
「プロシュート兄貴は……兄貴は裏切るので……」
「ペッシ」
 ペッシの言葉が最後まで綴られる前に、プロシュートは静かだが厳しい声で続きを打ち消した。
「オレたちは別に仲良しクラブなんかじゃあねぇんだ。何も考えずに自分が好きな奴がそっちの意見に回ったから、自分も同じ意見に靡く奴なんて邪魔なだけだ。はっきり言って足手まといにしかならねぇ。……ペッシ、これはテメェで決めろ。テメェ自身で決めさせる為に、オレは助言も何もしねぇ」
 プロシュートの意見は最もだった。これが些細で平和な日常生活の中での事だったら、きっとプロシュートが自分の方に付かせていたかもしれない。だが、今回ばかりはそうも言ってはいられないのだ。
 突き放されたペッシは、狼狽え視線を泳がせた。小さな声で、何度も”オレは……オレは……”と呟いていたが、両手を力強く握り俯かせていた顔を上げた。
「オレは……オレはまだ皆みたいに殺しをやっていないし、確かに足手まといだ。だけど、だけどッ! オレが組織に入ったのは組織の為なんかじゃあない。オレはプロシュート兄貴のように、いやそれ以上の男になりたいから入ったんだッ! だから……オレはどこまでも兄貴について行きたい。例え地獄に行ったとしても何一つ後悔なんてしないし、オレが成長するのには兄貴が必要なんだッ!」
「………………ハンっ。マンモーニの癖に、このオレを踏み台にするってか? だが、だがそれでいいペッシ」
 尊敬する者への敬愛心というのは、人を強くするらしい。さっきまであんなに震え上がっていたのに、今のペッシは汗一つ掻いてなく、自信なく曲げていた背筋を真っ直ぐにし、泳がせていたその目は覚悟を決めていた。そんな舎弟の姿と言葉に、プロシュートは満更もなさそうどころか、感動しているようだった。
「おいおいおいおいッ! ペッシだけいい所を見せようとするのは許可しないッ!」
「そうだっ! こっちが話を整理している間に、勝手に話進めるんじゃあねぇーぞ、ペッシィッ!」
「抜け駆けとはディ・モールト良くないな。一人だけ美味しい所を取ろうとするなんて」
 ペッシとプロシュートのまるで二人だけの世界を打ち破るように、黙っていたイルーゾォとギアッチョとメローネは騒ぎ始めた。急に責められアワアワと怯え始めたペッシを囲って、ヤイヤイと言う光景に僕たちは思わずポカンと眺めていた。
 なんというか年齢の違いというもなのか?昨晩の年長者達の話し合いに比べるとその、騒がしいと言うべきか賑やかだという良い意味の言い方に例えるべきなのだろうか。
 確かに最初の彼らの反応は、皆と同じように理解したくても理解したくない様子だった。いきなり組織を裏切るとか二人が処刑されそうだったとか、そういうにわかには信じがたい話が出たのだからそうなるのは当然だ。
 だが、今の彼らを見る限りその決断はすでに決まっているように見える。それが若さゆえの柔軟性がある応対力なのかはわからないが、少なくても前向きに考えているのは一目見てわかった。
「おっ……お前ら」
「いいかリゾットよく聞けよっ! オレだって組織に入りたいから入ったんじゃあねぇ。アンタが居たから入ったんだッ! 顔も名前も禄に知らねぇ奴等なんかに付いてくよりも、自分が尊敬する男の為に動く方が良いに決まってるだろッ! まさかこんな話が出た時に、オレ達の意見も聞いてからだとか思ってたなんて事はねぇだろうなぁ? ……見くびるんじゃねぇーよ。どんな結末を迎えようが、後悔どころか誇りに思う。だからよぉ……やってやろうぜリゾットッ!」
「むしろ動くのに遅すぎるぐらいじゃあないか? オレにとっては【やっとか】だと思った。オレもギアッチョと一緒の意見だ。どこまでも執念深くアンタについていくよ」
「さぁ、リーダー。これからどう行動するか教えてくれよ? どうせ全員腹は括ってるんだ」
 三人が最初から乗り気になっている事に、戸惑っていたリーダーだったが、口々に捲し立てられるとどこか諦めたように一つ溜息をついた。
 ――そして、イルーゾォからの追求で口を開いたのだった。


 ガレージを始め、一階から続く階段の隅っこやリビング、そして廊下には山積みのダンボールが置かれている。何回も使い回されたようにどこかクタクタ感が出ているダンボールには、持ち主の名前がそれぞれに書かれていた。
 痕跡なに一つ残すなと言う号令で、チーム全員であっちこっちへとアジトを忙しなく動き回っていた。各自の私物は自分たちでダンボールに放り込むだけで簡単ではあったが、リビング等の共有スペースは誰の物かわからなかったり、捨てて良いのかどうなのか不明な物ばかりで、片付けは難儀していた。
 痕跡何一つという事は、当然ながら爪の欠片どころか髪の毛一本さえも残してはいけない。身元がわかってしまうそれで、悪用されてしまったら厄介だからだ。その為一番大変だったのは、物の片付けなんかよりも掃除だったかもしれない。全員で隅々まで綺麗にした頃には、すでに日が沈み始めていた。仲間たちの荷物やあらゆる家具をホルマジオがスタンドで小さくしている傍で、僕はがらんどうになったリビングを見つめた。

『――今日から入りました。凜・霧坂です。凜が名前で霧坂が苗字です。好きな方で呼んでください、よろしくお願いします』
 初めてここにやって来た日をつい思い出す。皆で騒がしく食事を取り談話し、酔っ払った者を介抱したり、早朝にリーダーと言い争いをしたリビングは何もなくなり、嘘みたいに静かだった。

『――そんじゃあ、景気づけに【アレ】やるか』
 陽気な口調でプロシュートが用意したのは、未開封の赤ワインと10個のグラスだった。
 渡された紅いワインが注がれたグラスに、それぞれ自分達の血液を数滴垂らした。
『――我らに【栄光】を』 
 静かに唱えられた祝杯の合図に、飲み込んだ酒は喉が焼けるぐらい甘く感じた。

「…………よーし、これで最後だぜッ! しっかし、今日一日だけで任務何回分もの能力を使った気分だ」
「くっだらねぇ能力だが、こういう時は本当に便利だよなぁ〜。ご苦労だな運送屋さんよぉ?」
「別に良いんだぜ? てめぇの分だけ元のサイズのままでよぉ? ひーこら言って運んだらどうだ」
 ほんの一時の回想は、ホルマジオの作業が終了した声で途切れた。それをイルーゾォがいつものように、からかっている。
「……ったく。本当にふざけた野郎だ。……おい凜。そろそろ下に降りるぞ?」
「うん……今行くよ」
 そう返事をし、数カ月分の思い出が詰まったリビングのドアを閉めたのだった。

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