Shadow Phantom | ナノ
 30:空中飛行にロマンスなどない

 夜の静寂を裂くように青黒い夜空をバイクのエンジン音が響き渡る。時々道を歩く者は、その音を耳にして不思議そうに空を見上げるが、何事もなかったかのようにすぐに歩き出す。
 少しずつ暖かくなってきたとは言え、3月の夜はまだ寒い。例え後ろに大の男が狭苦しそうに身体をくっつけていようと、自分達の今の立場と冷たい風のせいで身体は冷えていた。
「魔法使いみたいに箒じゃねぇーけど、オレ達バイクで空飛んでるぜッ! やばくねぇかソルベ?」
「……そうだなジェラート。なかなかイカしてるな」
 大きく消費するスタンド能力と、無理やり詰めて乗せた二人を落とさないように気を使って神経をすり減らしている僕の気も知らず、後ろの二人は下を覗き込んで呑気に空中の逃避行にはしゃいでいた。
 前に『ジェラートは異常なぐらい気分の切り替えが早い』とホルマジオが言っていたのをチラッと聞いた事があるが、数十分前までは処刑される寸前だった人間とは思えないほど、この二人の気持ちの切り替え用は呆れを通り越して感心した。
 楽しそうにする二人とは反対に、僕はだいぶ疲れていた。逃走するためにスタンドで空高くに道を作り、重量オーバーのバイクを走らせる事を同時にするのは精神的にだいぶキツかった。
 足場を作っているから、万が一2人のどちらかが下に落ちてしまったら拾う事はできない。予めに大人しく座っていて欲しいと忠告をしたのだが、この二人の頭からはすっかり抜けてしまっているようだ。
 だが、こうやってあの場から逃げられたのも、つくづく今が夜であったのが不幸中の幸いだと実感する。これが昼間だったらと思うと何もかも最悪だっただろうし、自分も捉えられて拷問からの処刑という流れにもなっていたのかもしれない。
「もう一度言っておくけれど、下手に動かないでね? 落ちてしまったら拾えないんだから」
「大丈夫、大丈夫。ちゃーんとわかってる……って、うおっ!」
 上空からネアポリスに続く道路を見つけたので、最後の注意をしてから地上に降りるための坂道を作った。僕の忠告を聞いたジェラートは最初はヘラヘラと笑ったが、坂道を下る事でスピードが急に出た事に驚いて声を上げた。ソルベからスピードを出しすぎだろと言われるが、地上に戻るほど人に見つかる可能性が高いから、さっさと降りたかったので仕方がないことだった。

「……二度とあんたが運転するバイクには乗りたくないものだ」
「奇遇だね、僕も二度とっ! 君たちを乗せるのはごめんだなぁ」
 僕たちは無事にネアポリス内に帰ってこられ、人気の少ない海岸沿いで一時休憩を取っていた。
 恐らく目撃者はいなかったとは思うが、地上に戻るまでに後ろの二人はそれはもう騒がしかった。落ちるとか死ぬとか、素直に身体にしがみついておけば良かったのに、それを頑なにしないから案の定振り落とされそうになった。これでは何のために一気に下に降りたのだろうと思わずため息をついた。
 二人は騒ぎすぎたのか、それとも一気に疲れが来たのかぐったりと地面に座り込んでいる。
「そろそろアジトに向かおうか。この辺は……あまり長居をしたくないからね」
 ここの近くにはネアポリスに1つしかない『刑務所』があるのだ。もう二度と会いたいと思わない人物は檻の中で大人しくしているだろうが、もしも彼の部下がその辺りにいたらって事もある。
「え〜、またあんたの後ろに乗らなきゃいけないのかよぉ」
「…………徒歩で帰りたいのならどうぞ」
「ちぇッ、……仕方ねぇかぁ」
 脱いだヘルメットをもう一度被り直すと、ジェラートはうんざりしたかのように文句を言った。
 ここはもうネアポリスだ。アジトに徒歩で戻ろうと思えば、じゅうぶん戻れる。だけど、今の二人にとってはそれは危険である。
 敢えて意地悪で言えば、ジェラートも今の自分たちの身の危険を理解しているので、苦虫を噛み締めたような表情で渋々と僕の後ろに乗った。ずっと黙って僕たちのやり取りを見ていたソルベは、何故か急に吹き出した。
「何が面白いんだよソルベ?」
「ククッ……いや、あんたもなかなかいい性格をしてると思っただけだ。無駄にいい奴の仮面を被ってない方がオレとしては付き合いやすいぜ?」
「それは……どうも?」
 褒められているのか貶されているかわからないが、何かがソルベの笑いのツボに入ったらしい。ジェラートはそんな彼の言動に慣れているのか、ソルベは変なところでツボるからなぁーと呑気に笑う。
「まぁ、いい。さっさと行こうぜ。アジトに戻ったらリゾットの奴に長い説教を食らうだろうな」
 ソルベも腰を重たそうにしながらも、ジェラートに続いて無理やり後ろに乗った。腕時計はちょうど日付が変わる数十分前を指していた。ガソリンはとりあえずアジトまでは持つだろう。僕たちは波音を後にして海岸を出発した。さっきまで張り付いていた空気は、どこか柔和していた気がした。



 運良く僕たちは組織の追手どころか通行人すら出会わず、この無茶な乗り方をした三人乗りのバイクは目撃されずにアジト付近まで辿り着いた。
 夕飯を食べそこねた僕の腹は空腹を訴えているが、もうすぐ着くのだからと心の中で宥めながらも僕の分の夕飯は残っているだろうかと心配していた。
 あとアジトまで50mという所で、僕はアジトの前を彷徨いている不審な男を発見した。
「なぁ、あれって……」
 たまたま後ろから顔を出したジェラートも、不審人物の存在に気がつき声を出した瞬間だった。ジェラートの声に反応したのか、偶然だったのかはわからないがその男も僕たちの存在に気がついたらしい。男は素早い動作で、懐から拳銃を取り出してこちらに向けて発砲したのだった。

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