Shadow Phantom | ナノ
 27:暗殺も拷問も十人十色 

 鏡の向こう側から聞こえた声に、オレはスタンドを使って二人と一体を中へと引きずり込んだ。
「助かったよ……」
 辛そうにしながらそう言う凜の様子にオレは異変を感じた。凜は苦しそうに何度も呼吸を繰り返して、中々立ち上がらないのだ。凜のノクターンは心配そうにウロウロと傍についている。 あのスタンドにいい思い出はないが、一応仲間であるから凜の傍に近寄った事でオレはその原因を判明させた。凜の体からほんのりと麻薬独特の匂いを漂わせていたのだ。隙きを突かれて注射でも打たれたかと思ったが、ベッド横にあるサイドテーブルに香炉が置かれているのを見て理解した。
【凜は薬を打たれたのではなく、お香のように麻薬を空薫した匂い】に当てられたのだ。オレの知る限りでは、凜は麻薬どころか煙草を吸ったりしないし酒をよく飲む人間ではない。ギャングらしくはないが、そんな健全的なやつが麻薬だなんて、ほんのちょっと匂いだけでも嗅げば気分は悪くなるだろう。
「マン・イン・ザ・ミラー! 凜とターゲットに纏わりついている麻薬の匂いを許可しないッ!」
 この鏡の中の絶対的支配者はオレなのだから、こんな匂いを除去する事なんて朝飯前だ。二人の体から匂いが消えたのを確認すると、凜も調子が戻ったようでスクっと立ち上がった。
「礼を言うよイルーゾォ。グラッチェ・ミッレ、僕一人だけだったら本当に危なかった」
「別に……そんな事より、さっさと始めようぜ。あちらさんが狼狽えているうちにさくっとな」
 少しばかり存在を忘れていたが、ターゲットである政治家ブレーダはいきなり体を引っ張られたと思いきや、突然いるはずのない男が現れたりと驚きの連続で悲鳴をあげることなく腰を抜かしていた。
「ブレーダ、貴方がパッショーネの麻薬強奪に関わっていることはすでに調べられている。他に関わっている者達の指名から何まで全て話してもらいますよ」
「……何の事かなぁ」
 凜からの追求に、ブレーダは視線を外してウロウロと目を泳がせている。すでに麻薬を使って凜を陥れようとしたのにも関わらず、白を切ろうとする態度は逆にグズらしくてその根性に関心させられる。
「僕は、あまり痛めつける拷問はしたくないけれど。……話そうとしないのなら、それなりの覚悟はありますよね?」
 ゆっくりとターゲットに近づく凜の背後では、ノクターンがユラユラと揺れていた。まるで、楽しそうな玩具を発見できて喜んでいる子供のようだとオレにはそういう風に見えたのだった。

「……そう。今言った6人は、この屋敷にまだいると思う。残りの4人は仕事や用事で来ていないんだって。……うん、まだ開催者は殺していないよ。嘘をついている可能性もまだあるからね。わかった、また後で」
 凜が電話している傍では、白目を向いたブレーダが転がっていた。気絶しているだけであって死んでいるわけではないが、暴れられても面倒なので紐を使って拘束している状態だ。
 凜がする拷問は、リーダーのようなスプラッター系だったりホルマジオのように小瓶に詰め込んだりと肉体を損傷させるような方法ではなかった。
 ただシンプルにスタンドでブレーダの両足を掴むと、まるで遊園地にあるコーヒーカップの如く最初はゆっくりに、そして徐々にスピードを上げてグルグルと振り回していた。時々勢い付いて、天井や床にぶつけて虫のように潰してしまうんじゃないかとヒヤヒヤしたが、耐えきれなくなったブレーダは降参して、情報と共に吐瀉物もぶちまけて白目を向いて気絶したのであった。
『肉体破損系の拷問は血が出て汚れちゃうし、バレリーナやフュギュアスケーターとか回転によっぽど強い人間でない限り、あぁいう三半規管にダメージを食らわせた方が弱体化するから効率がいいんだ……ただ別の物で汚れちゃったけどね』
 さっきオレがなんであのやり方で拷問したのかと凜に聞けば、あっけらかんとした口調で返ってきた答えだった。電話が切れると、凜は少し疲れたような表情でベッドの端に腰掛けた。
「勉強不足だったなぁ」
「なにがだ?」
「麻薬に対しての勉強不足。……麻薬その物の匂いだったり、こういう風に香炉での使用だったりとか。注射器で打ったりとか錠剤みたいな物を飲んだりそういうイメージが強かったから、油断したよ」
 凜は淡々とそういうと、気を紛らわす為なのか子供のように陶器製の香炉を指先で突っついて遊ぶ。
 確かにこういう生業をしている身としては、麻薬の匂いだけでも知っておいて損はない。現に、あと一歩の所で凜は気を失う所だった。だけど……。
「別に無理に知ろうとしなくていいんじゃないか?」
「えっ?」
「あんなの知らなければ知らない方がいいんだ。確かに一時の快楽は味わえるかもしれない、だけどアレは身を滅ぼすからな」
「……それでも組織が数年前から麻薬を取り扱うようになってから、任務で麻薬絡みの物が増えている」
 ポツリと呟く凜に、それもそうだと思えた。実際、入ってくる任務は麻薬絡みが多いことは事実だ。危ない薬に大きな価値をつけられていることは理解している。だが今回の事も含まれているが、時々まだ幼い子供にさえも悪用されていると思うと、オレはやりきれない気持ちや疑問が生まれてくる事がよくあった。
 凜が左手に持つケータイが震えた。ディスプレイに表示された名前を確認した凜は、ゆっくりと通話ボタンを押して電話に出たのだった。

「ご苦労だったな。連絡があった今日来ていなかったターゲット達は、他のメンバーが始末してくれた。これで関係者全員を一掃できたな。……ん? どうしたイルーゾォ、浮かない顔をして」
「いやっ、なんでもねぇよ。オレも腹減ったなぁーって」
 今回の任務を終わらせたオレ達は、それぞれ腹が減ったとかそういう愚痴を呟きながら、リーダーが運転する車に乗り込んだ。
 プロシュートから掛かってきた電話の用件は、会場にいた開催者の仲間を全員始末した事。そして、開催者のブレーダが吐いた情報は全て正しく、これ以上の用はなくなったので始末しろという事だった。その用件の付け足しに、なるべく酷い殺し方で殺せと上からの要望だという事だった。
 電話を終わらせると、僕がやるよと凜が名乗り出たのでオレは口出しせずに見守った。気絶しているブレーダを凜は無理やり起こすと、『今から貴方を殺します。残念ながら苦しまずに殺すことはできそうにないです』とわざわざ宣告した。勿論そんな事を急に言われたら、誰だって青ざめるだろう。
 ブレーダは必死に命乞いをし、捕らわれたままでも芋虫のように床を這いずって逃げようとした。だが、それを凜のスタンドが足を掴んでほんのちょっぴりと横へ捻ると、足どころか下半身の骨が砕けていくような嫌な音を立てながらねじ
れたのだ。その歪になってしまったブレーダの体を例えるなら、雑巾を強く絞った状態のままって感じだ。ブレーダは、下半身の損傷に悲鳴ではなく、大量の血反吐を吐いた。凜のスタンドは、そんなブレーダの様子にお構いなしという感じにまだ残っている上半身を掴んで持ち上げると、慈悲もなく握りつぶしたのだった。
 上は潰れ、下は捻れてしまっているグロテスクな死体を見てしまったら、浮かない顔をするのは当然だ。あの死体を目撃したやつは一生のトラウマ物になるだろう。
 そっと隣に座る凜に目をやった。どこか退屈そうに窓の外を見つめているその表情から、何を考え思っているのか読み取ることはできなかった。……ただ、あの驚異的な力を見て、つぐつぐ敵に回したくない女だと思うのであった。


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