Shadow Phantom | ナノ
 26:慣れぬ事はするべきではない

 リーダーが運転する車に、僕やイルーゾォ、プロシュートとギアッチョが乗り込んだ。出発地のネアポリスを後にしてから約30分、たどり着いた屋敷を見て『豪華絢爛』という言葉がピッタリかもと、まず最初に思いついた事だった。
 ひっそりとした郊外地に建てられた大きな屋敷。大きな門の先で歓迎する庭先は、所謂『イングリッシュガーデン』と呼ばれるものだろう。何種類もあるバラがメインで、屋敷にもバラの蔦があっちこっちへと這っている。これが寂れた建物だったら『みすぼらしい』と呼び、立派な手入れされている建物だったら『雰囲気にあって素敵』となるが、この屋敷の場合だと後者だと思う。
 僕たち以外にも次々と車がやってきて、お呼ばれされ着飾った招待客達は建物の中へと消えていく。それを横目にメンバー達は、その立派な屋敷を見て不愉快そうな顔をした。
「……政治家ってのは、儲かるのかねぇ?」
「ここの屋敷は、開催者の先祖からの遺産らしいぞ。……まぁ、それでも資産税とかやばそうだけど」
「儲けている金の中にも、組織からちょろまかして売った金もありそうだな」
「まぁ、それも本日で終了だけどな。……先にオレたちから行くぜ」
 三人は周りに聞こえない声で囁いてから、プロシュートとギアッチョは先に中へと入っていった。開かれた玄関先で、懐から出した招待状を門番に渡し無事に潜入したのを遠くから見守った。
「それでは僕っ……いえ、私達も行きましょうかお兄様?」
「はぁ……。あまりはしゃぐんじゃないぞアンナ」
 差し出されたイルーゾォの左腕にそっと掴み、僕たちも屋敷へと足を運んだのだった。

 こういう光景を映画……いや、一度だけ実際に目にしたことがある。だから今回が二回目だ。
 中に入れば大広間に沢山の招待客、生オーケストラに豪華な食事。中央ホールには音楽に合わせて社交ダンスをする人もいる。なんとういうかこれが正統と言うべきか、それとも時代遅れで古臭いと言うべきか。
 僕たちは疑われる事もなく、割とあっさり中に入れた。政治家の門番なのに結構セキュリティは甘いんだなと思った。
 この大人数の中から最初のターゲットである開催者を割り出すのは大変そうだなと思いつつ、食事に目を向けてしまうのは本能なので仕方がない。
「オレは、適当にトイレでも行って鏡に籠もってる。何かあったらペンダントからオレを呼べよ?」
 こういう人混みは嫌いなんだとイルーゾォはウンザリした表情をして囁くと、手をヒラヒラさせて僕の傍から離れていった。どうせ離れてしまうなら、わざわざ兄妹のフリをしなくても良かったんでは……とは思うが、深く考えるのはやめた。
 一体どこに開催者はいるのだろうかと、少し会場内を歩いてみた。時々その人の多さに押しつぶされそうになりながらも、隙間を抜けていくと窓際のあたりに人だかりができていた。もしかしたらとなんとなくの勘を頼り、そこへ近づくと特徴的な髪型が目に入った。どうやらドレスコードの時も、いつもと変わらない髪型にするほど思いれがあるようだ。
 問題はどうやって自然な装いであの人だかりに近づくかである。政治家である開催者に挨拶という顔売りをしている中に、子供が混じったら異様だと思われるだろう。
「きゃっ」
 作戦を練っていると、人混みから離れた人とぶつかってしまった。体が大きい人にぶつかられると、その衝撃はかなり大きいものだ。慣れない靴だけであって、僕は倒れてしまった。
「すまないっ! 私とした事がよそ見をしてしまっていた。大丈夫かい?」
「えぇ……」
 転んでしまった事と近くにいた人達からの注目がちょっと恥ずかしかったが、これが好転となった。ターゲットである開催者の注目を引けたのだ。しかもわざわざ人混みを掻き分けて、僕の元へと近寄ってきた。
「君、大丈夫かい? 立てるか?」
「すみません、不躾ですが手を貸していただけませんか?」
「勿論だ。さぁ、どうぞお嬢様」
 本当は手なんて貸してもらわなくたって立てるし、触られることさえも嫌だがそこは我慢した。開催者は僕のお願いに、嫌な顔せず手を差し伸べてくれた。とりあえず、近づく事には成功した。
「ありがとうございます。えっと……貴方が、ブレーダ先生で合ってますでしょうか?」
「そうだよ。こんな可愛らしいお嬢さんに、顔を覚えてもらえていた事は光栄だなぁ」
「あぁ、よかったっ! 本日はお誕生日おめでとうございます。今日は兄と来たのですが、兄はちょっとお手洗いに行ってまして……」
「そうだったんだね、どうもありがとう。この一年は素晴らしい年になりそうだよ」
 駒鳥のような君に祝ってもらえるんだからねと、開催者のブレーダは僕の手を取ると指先にキスをした。手袋の上からとはいえ、その動作に全身の毛が逆立って引き攣った笑顔しか作れなかった。
 生オーケストラの演奏していた曲が変わると、君はワルツは踊れるかい?というお誘いを受けたのであった。

「まだ君の名前を聞いてなかったね。教えてくれると嬉しいなぁ」
「……アンナです」
 ゆったりした曲調に合わせ、僕はブレーダのエスコートに添いながらステップを踏んでいた。腰に回される腕や近すぎる距離に鳥肌を立たせながらも、笑顔を貼り付けている。
「そう、アンナちゃんって言うんだね。何歳なのかな?」
「今年で16歳になりました」
 当たり障りない会話だと思うが、この人達の性癖を思い出すと探りを入れているのではと勘ぐってしまう。
「……ねぇ、アンナちゃん。君ぐらい若い子だと、こういう場は肩苦しくないか? 開催者の私が言う事じゃないけどね」
 ブレーダはそう言って軽く笑うと、今の曲が終わったら私とこっそり楽しい所に抜け出さないか?という誘いを持ちかけた。
「でも…………いいんですか?」
「あぁ、私もちょっと一息入れたくてね。大丈夫、ほんのちょっとだからね」
 まさか相手側から誘い出されるとは思いもしなかった。僕から誘い出す手間は省けたが、果たしてホイホイ行ってしまっていいのだろうか。もしかしたら、これは罠かもしれない。だけど、今ここで逃してしまったらチャンスは終了だと思い、頷いたのであった。

 音楽が終わるのと同時に、僕たちはこっそりと大広間を抜け出した。死角になっている通路を通り抜けて、右へと曲がり目立たない場所に扉はあった。ブレーダによって開かれた扉の先は明かりはついてはいなかったが、大きなベッドが置かれているのがよく見えた。その部屋からして、ここで何をする場所だという事がなんとなく予想された。
「さぁ、どうぞ……」
 何かを企んでいるような不敵な笑みを浮かべているブレーダは、僕を中へと促した。きっと暗くて中が見えていないだろうと思ってるのかもしれないが、逆に命取りになるとは思いもしていないだろう。すでに僕のノクターンは、いつでも準備ができるように中で待ち構えているのだ。
 僕は何も知らないフリをして、部屋の中へと足を踏み込んだ。そして、ここでさくっと拷問を始めるつもりだった。だが、しかし……。
「……ッ!?」
 部屋の中に入った途端、何とも言えない匂いが僕の鼻腔を掠めた。籠もりきった空気の中に漂う香りに、僕の脳内が激しく揺れた感覚に襲われた。グラグラとした目眩のような立ちくらみに、僕は思わず膝をついた。傍に立つブレーダが何か言っているが、それを聞き取ることができなかった。
 これ以上この場にいるのは危険であると脳が警鐘を鳴らせた。
 途切れてしまいそうな意識の中で、僕は胸元に忍ばせているペンダントを取り出したのであった。


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