Shadow Phantom | ナノ
 1:それは11月の昼下がり

 イタリア南部にあるここは、第三都市と言われる【Neapolis/ネアポリス】。物価は安く、食べ物はどれも問題なく美味しい。有名な名所や名物が多く味わい深い所ではあるが、土地の歴史的に治安はかなり悪く、街の至る所には落書きやゴミが多い。故郷日本に比べると思う所が多々あるが、僕は案外気に入っていたりする。
 
 そんなネアポリスは現在13時過ぎ。昼食時に入っている為、外を歩いている人は少ない静かな時間帯でもある。僕は組織の人間から渡されたメモを片手に、注意深く複雑な路地裏を通って目的地へと足を運んでいる。何せ路地裏が多いもんだから、気をつけないとすぐに迷子になってしまう。
『13時半。地図に書かれた場所に向かえ。会えばすぐにわかる』
 たったこれだけの文章と、下に地図が描かれたメモ用紙をグシャリと握り潰した。” ずいぶんと、無駄一つない素晴らしいお手紙ですね。” と、皮肉でも零したいけれど、一応組織の情報だから仕方ないかと、ため息を殺して不親切なメモをさらに握り潰した。

――目的地に到着して腕時計を確認すれば、待ち合わせ時間の10分前だった。自宅からそう遠くない場所だが、迷わず慎重に来たのを考えればかなり余裕がある。日本で身に染みていた5分前行動の癖は、イタリアに8年住んでいる今も現役だ。
 『Chiuso/閉店』とドアに提示しているバルは、わかりにくい場所にひっそりとあった。そのわかりにくさで、客なんて来ないんじゃと思ったが、店先に置かれた植木は綺麗に整えられている。……まぁ、組織の指定先にされるぐらいだ。お茶を楽しむバルだけでなく、『何かしら』の目的には使用されているのだろう。と、それ以上の模索をやめて僕はドアノブに手をかけた。
 
 年季が入った古臭いベルの音が店内に響いた。看板どおりに閉店しているためか、椅子はテーブルに上げられており、人の気配を感じられない。そして当然だと予想していたが、待ち合わせ相手はまだ来ていない。
 この国の国民は、いい意味でも悪い意味でも時間にうるさくない人が多い。待ち合わせ時間に遅れるのは当たり前で、10分や20分ぐらいなんて可愛いもの。下手すれば数時間後……。そして挙句の果てには、遅れてきた相手は悪びれることもなくひょっこりと現れる。むしろその待ち時間をうまく楽しめなくては駄目だと、思われるぐらいだ。
 『郷に入れば郷に従え』という日本の諺は、ここでは『ローマに入れば、ローマに従え』と言うけれど、きっとこの時間間隔はいつまでも馴染むことはできないかもしれない。
 うまく待ち時間を利用しろというならば、そうしてやろうと手近にあった椅子を下ろして腰をかけた。実は表には出さないが、ソワソワと心は落ち着かず妙に緊張していた。これがただ任務の一つで、その場限りの人間だったらどれほど気が楽なことか。
 長年の職場環境がガラリと変わる。仕事内容はそこまで大差ないが、問題は人間関係だ。きっとこの感情は、転校先や転職先への初日のような気持ちに近いかもしれない。……と言っても、したことないけど。

 身だしなみと気を紛らわせる為に、ポケットから小さな手鏡を取り出した。ちょっと乱れた前髪だけを直していると、古臭いベルの音が店内に響く。壁に掛けられている時計の長い針は30分を指していた。


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