Shadow Phantom | ナノ
 24:好奇心旺盛な傍観者ほどタチが悪い

 本日も憎らしいほどの晴天なり。
 任務が入っていない今日も、僕はバイト先であるトラットリアの開店準備を進めていた。黙々と作業を進めて店先が文句無しと言えるほど綺麗になり、店内に入ろうとした時だった。
「おはようございます」
「おはようございます。確か……すみません。店長は買い出しで今は不在で、オーナーはまだ店に来ていないんです」
 僕に声を掛けてきたのは、この店に飾ってある花を仕入れている『モンテサント広場にある花屋』の店主だった。イタリアにも沢山の花屋さんはあるが、ここのお店はなかなか豊富な種類を扱っている。オーナーの顔見知りという事で、ご贔屓にしているんだとか。
「あぁ、違うんです。今日は仕事で来たんじゃないんです」
「えっと……」
 それじゃあ、お客様として来てくれたのかと思ったが店主の様子から見て違うようだ。足代わりになる杖を持つ手は震えていて、目がとても真剣であった。
「ここのお店は……パッショーネのブチャラティさん達がよくいらっしゃるんですよね?」
 店主は周囲に人がいないかとキョロキョロと確認をしてから、小さな声で僕に問いかけた。この国や街では、迂闊にギャング組織の名前を口に出してはいけない。それでも、店主がはっきりと名前を出しているという事は、常連だというのを確信している。
 僕は、どうするかと考え口を閉ざした。いくら知られてはいても、はいそうなんですと言ってしまってもいいのかと。
「おはようございます凜さん。どうかなさったんですか?」
 助け船というべきか、厄介事になると言うべきか。店先でのやりとりは結構目立つなと思った。僕たちの元に、フーゴ君が話しかけてきた。そんな彼の登場に、店主の目が輝いた。
「あの、貴方は確かブチャラティさんの部下のフーゴさんで合っていますか?」
「えーと?」
「私は、モンテサント広場にある花屋の店主をしております。実は……実はブチャラティさんにお会いしたいのです。どうしても、どうしても話を聞いてもらいたいんです。お願いします……お願いします」
 状況が読み取れていないフーゴ君に、花屋の店主は自己紹介をし切羽詰まった様子で何度も頭を下げて懇願した。
「……先程いらしゃったのですが、皆様がうちの店の常連様だとご存知だったようで……」
 店主に聞こえないぐらいの声でフーゴ君に囁くと、頭の良い彼はすぐに理解できたようだ。
「確かに今日はブチャラティは来る予定です。だけど、何時に来るかはわからない」
「ずっと待ち続けます。例え今日じゃなくても、毎日ずっとでも……」
 正直言って毎日来られても、店側としてはちょっといい迷惑だ。どうするかフーゴ君の顔を見ると、どこか申し訳無さそうな顔をしている。
「すみません凜さん。この方をお店で待たせてあげてもいいですか?」
「それでは、いつもの個室の右横にある部屋にご案内させていただきます。中にある隣部屋に繋がったドアの鍵は開けておきますので」
「ありがとう凜さん」
 大きな荷物を持った店主を支えながら、僕はVIPルームにの横にある個室へと案内した。杖をついているの、こんな大きな荷物を持ってここまで来たのは随分大変だっただろうと思う。
「ご迷惑をおかけします」
「いえいえ。お冷をお持ちしますね」
 ゆっくりと腰をかける店主に愛想を振りまきながら、あの店主が危険な真似をして来た理由に好奇心が湧いたのだった。

 昼時になると、昼食目的に次々とお客様はやってくる。一般市民からギャングでもお腹が空くのは生きているんだから同じ事だ。なるべくお待たせせずに、できたての物をすぐに運ぶのが仕事である。
 淡々とこなしていくと、あっという間に時間は過ぎて徐々に人はいなくなった。そんな時に、彼らは少し遅い昼食を取りに来た。お冷を持っていくと、フーゴ君が遅れてきた仲間たちに苦言をしていた。それぞれから注文を受けて、料理を運んで彼らが食べ終わるまでブチャラティさんはまだ来店していなかった。
「……つまり結論ッ! 『人間』は肉を食っているから不味いんだ。 どーだ!? オレが考えたこの意見!」
 店員を呼ぶベルの音が聞こえ、ノックしてから個室に入るとミスタ君の熱弁が耳に入った。人間が不味いとかどうとか変な話をしているなっていう感想を持つ。
「凜は、どう思う? 人間って食べたらきっと不味いと思わねぇ?」
「おいっ! 変な話に凜さんを巻き込むなよっ!」
「ん〜どうでしょうかねぇ。……でも世の中には『カニバリズム』という言葉もあるぐらいですし、そういう趣向の方がいらっしゃるのではないかと思います」
 ミスタ君の質問に苦笑しながら答えると、フーゴ君にうちの馬鹿がすみませんと謝られてしまった。もしも彼らに、僕のスタンドは人を食べますよって言ったらどんな反応をするだろう。そんな事を考えながら、それぞれのドルチェの注文を受けた。

「……いらっしゃいませブチャラティ様」
「やぁ、凜。まだオーダー取る時間は大丈夫か?」
「勿論、大丈夫です。実は……ブチャラティ様にお客様が」
「客?」
「えぇ、隣の個室にご案内させていただいてます。ちょうどフーゴ様がいらっしゃった時に、通していいと確認はさせてもらってます」
 15時を回った時に、ようやくブチャラティさんは店にやって来た。来客が来ていることを告げると、感謝され、個室へと向かったのだった。そして、その背後をノクターンが追ったのだった。
『全く……好奇心旺盛なのは僕と同じか』
 あの子なら、きっとバレずに盗み聞きはできるだろう。だけど、いくら自分と同じだからといって勝手に出ていく癖はどうにかできないものだろうか。と少しばかり溜息をついた。

「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
 食事と対談を終えた護衛チームを無事に見送った。ノクターンはやっぱり上手に影に隠れていてくれてたらしい。おかげでどんな内容だったのか、理解できた。
 あの店主の娘さんが不自然な事故で亡くなってしまった事も、正式な機関が取り付かない事だったとしても、『家族にだけわかる事がある』と言った店主の言葉を信じたブチャラティさんにも何だか複雑な気分で胸が一杯だった。
 自分にはその『家族だからこそ』という言葉は理解できなかった。だからこそ、それを信じたブチャラティさんは愛情がある家庭で育ったんだと思うと、羨ましいのかよく解らない感情が僕の胸に広がっている。
 花屋の店主の娘が亡くなった件は、恐らくスタンドが関わっているのだろう。そうなると一筋縄ではいかないとは思うが、僕には関係ない話だ。
 そんな思いを胸にしまいつつ、僕は感歎して動く事ができない店主へ手を貸しに行くのだった。

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