Shadow Phantom | ナノ
 23:あのカレーライスは二度と頼まない。

 さて唐突だがここは、日本M県S市杜王町にある杜王町霊園である。なんでイタリアじゃなくて、そんな場所にいるんだと聞かれたら『墓参り』としか言えないだろう。
 2月上旬のとある日は、僕の祖母の命日だ。15歳の時に亡くなった祖母は、生活を送っていた東京での霊園ではなく自分の故郷であり、祖父との出会いの場所でもあるここで眠らせることを祖父が決めたのだ。
 東京からM県までは交通費も時間も掛かる。子供の頃は滅多に来れなかったが、大人になり自分でお金を稼げるようになってからは、こうやってひっそりと毎年この場所に行くことを決めていた。
 暗殺チームの仕事はどうしたんだ?と言われると、リーダーに一週間程の休暇をお願いした。イタリアに住んでいるけれど国籍は日本だから、毎年この時期には国に戻って色々と面倒な手続きをしなくてはならないとかそういう尤もらしい理由を述べれば、リーダーは少し悩んではいたが承諾してくれたのだ。

 墓に積もった雪を払い亡き祖母が好きだった花を添えて、一通りの墓参りを終わらせた。また来年も生きていたら来ますと挨拶をして霊園を後にした。
 時刻は午後一時を過ぎていて、ちょっと遅い昼食をとる事にした。霊園のすぐ近くにあるイタリアンレストランは残念ながら、本日は休業だった。『メニューはお客様次第。コーヒー・デザート付きで3500円』という一風変わった看板に興味があったが、また今年も入店する事はできなかった。仕方がないので、駅前にあるオープンカフェでいつものように軽食でも取る事にしようとバスに乗り込むのだった。
 2月のこの時期は、人は暖かさを求めて店内は混雑していた。一瞬どうしようかと考えたが、お腹は空腹を訴えているので仕方がなくテラス席を選んだ。凍えた風に身震いをしたが、多少陽射しがあるだけマシだった。店員に『この時期にオススメしたい! 店長特製熱々カレーランチセット』を頼み、腰を落ち着かせた。この時期のテラス席は季節が季節なだけであって、店内よりも客数は少ない。だから見ようと思っていなくても、嫌でも目に入ってしまう。例えば端っこの方で一心不乱にスケッチをしている変わったバンダナをした男性や、真っ白なコートを着た身体の大きな男性だったりと観察対象として興味をそそられる。そういえば、去年は今どき珍しいリーゼントヘアーにした高校生を見かけたり、髪がウネウネとまるで生き物のようになっている女の子となかなか個性的な住人たちがいるなと珈琲を啜りながら思った。
「お待たせしました」
 僕の目の前にこの寒さに負けないぐらい湯気を立ち上らせたカレーライスに、シンプルなサラダ。そして最初に来ていたはずの珈琲が置かれていた。
「……セットの珈琲は最初に来ましたが?」
「あぁ〜そちらはカレーと一緒に飲む用の珈琲です。それでは、ごゆっくりどうぞ」
 随分気前の良いことをしてくれるんだなと、冷めないうちにカレーを一口食べた。……そのあまりの辛さに、珈琲がなければきっと僕の味覚は破壊されていたかもしれない。


 メンバーへのそれぞれのお土産やスーパーで買い占めた日本のお菓子等ほとんどは食料品で一杯になった大きなトランクを2つ転がして、一週間ぶりにネアポリス空港に辿り着いた。この歴史的建物が多い洋風な街(当たり前だけど)に少し離れるとまた新鮮さがある。
 イタリアに戻るまでは特に意識していなかったが、この大荷物を転がしてアジトまでどうやって戻ろうかという問題に気がついてしまった。前のチームの時は、戻る前日に国際電話で到着予定時間を教えれば向かえに来てくれたのだ。タクシー乗り場に目をやれば、平日にも関わらず行列ができていた。電車も普通に遅れてくるこの国じゃタクシーなんて戻ってくるのは、更に遅いだろう。一番近いであろう自分の家に向かうか、それとも他のメンバー達に頼もうか。
『お困りですか?』
 聞き覚えのある日本語で、僕は背後から話しかけられた。一体誰だろと振り向くと、サラサラの黒髪に改造された学ランのような服を着た僕より少し背が高い少年が立っていた。一見自分と同じ日本人のように見えるが、その瞳はまるでカプリ島にある『青の洞窟』を連想させるような、美しい青色だった。
『君……もしかしてハーフ?』
 質問に質問で返すのは失礼だけどさ。と付け足すと、その少年はどこか面食らった顔をした。
『えぇ、そうですよ。母が日本人で、父がイギリス人らしいですけど……。それよりもお困りなんですか?』
 少し苛ついた様子で、少年はまた同じ質問をしてくる。
『あぁ……ちょっと移動手段を考えていた所だったんだ。人を呼ぶか、歩いて行くかってね』
『そうだったんですね。よければ……僕の車で送っていきましょうか? タクシーはあの様子じゃ全然でしょうし、お安くしますよ?』
『……君が運転するのか?』
 大人びた印象を受けるが、見た所中学生か高校生ぐらいだろう。背後に停めている車は、彼が運転したやつなのだろうか?そういえば、こうやって観光客相手を言葉巧みに誘導させて荷物だけを騙し取る者がいると、バイト先でお客さんが話していた気がする。
『君、中学生……いや、高校でもまだ1、2年生ぐらいだよね? イタリアも免許取れるのは18歳からだよ』
『……結構真面目な方なんですね』
『馬鹿真面目だってよく言われるよ。だから他の人をあたってね』
 まだ粘ってきそうになる少年を足払うかのように、懐からケータイを取り出した。
「もしもし? 実はね……」
 電話越しの彼に状況を説明すると、少年は面白くなさそうに舌打ちをして僕の元から去っていったのであった。 

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