Shadow Phantom | ナノ
 22:鏡よ鏡よ鏡さん

 定期的に行っていることは、鏡の前で自分の身体をチェックする事。長年やっていた剣道等の武術や暗殺業の為の体作りで、僕の身体は女性にしては結構筋肉が付いていると思う。
 だけど、やっぱり柔らかい所は柔らかいままでいたい。その為に筋肉を付けたい部分を付けれるようにするトレーニング方法を教わり、こうやって鏡の前でバランスよくなっているかチェックをするのだ。変な習慣だと思われるかも知れないが、ゴリラではなく一応女でいたいと思う女心からである。
 部屋に置いてある姿見の前で、最初はタンクトップを着たままでチェックをした。肩から腕にかけては問題なく引き締まっている。子供の頃から日課である竹刀の素振りが効いているんだなと思う。太ももやふくらはぎも、少しの脂肪がついているぐらいでギュッと固い。
 タンクトップを脱ぎ捨て、今度は上半身のチェック。腹筋はあまり何個も割れているのはアレなので、割るのは2つ程度にしといたのは正解だったかもしれない。次に最も大事な所で、メジャーを取り出してそこへ巻き付けて測ったのだ。
『……よっしッ! 少し大きくなったぁ!』
 誰もいない自分の部屋で、日頃のストレッチの成果を目にして嬉しさに思わず声を出した時だった。目の前の姿見からガタッと何かが落ちる音がした。鏡の裏で何か落ちたのだろうかと思い見てみたが、そこには何もなかった。部屋を見回しても、特に異変はなかった。
 ……いや、一箇所だけ変わっている所があった。姿見の少し手前の床が何かを零したかのように楕円状に濡れていたのだ。この部屋には飲み物や液体物は置いていない。
「……誰かいるのか?」
 泣く子も黙る暗殺チームのアジトに、乗り込む命知らずはいないと思うが、今起きている異変に警戒した。僕の問いかけには当然ながら何も返ってこない。ノクターンを部屋に這わせて、探知モードにするがそれに引っかかる者はいない。自分の気のせいなのか?……とりあえず濡れた場所を拭き取らなきゃいけないと、鏡に背を向けた時だった。

「!?」
 自分の腕を何かが掴んだ。振り向く間もなく、僕の体はグイッと強く後ろに引っ張られた。その反動で尻もちをついたが、カーペットのお陰で痛みは強くなかった。
『一体なんなんだ……』
 キョロキョロと辺りを見渡すと、何か違和感があった。間違いなく自分の部屋なのに何かが違う
「ここはオレの世界。許可したやつしか入れないんだぜ」
 背後から急に声を掛けられ、僕は驚いて肩を跳ね上がらせた。勢いよく振り向けば、ペットボトルを片手に持って何故か得意げな顔をしたイルーゾォがいた。
「なんで君がここに……?」
 部屋には誰もいなかったはずだった。不思議に思うのと同時に、今の自分の格好を思い出し慌ててできる限りの身なりを直した。
「お前をオレの『鏡の世界』に取り込んだから」
 鏡の世界……。そんなのファンタジーやメルヘンじゃないんだからと思いたいが、いろんなスタンド使いがいるからそういう能力の者もいるのだろう。そう自分に無理矢理思い込ませた。
「そう。……じゃあ、なんで僕をここの世界に入れたの?」
「それはだな……それはお前が鏡の前で変な事をやっていたからだっ!」
 ビシッと音が出そうなぐらいの勢いで、イルーゾォは僕に指を指した。得意げな顔をしたり、青白い頬を染めたり忙しい男だと思う。彼の言う変な事ってさっきの筋肉チェックの事だろうか?もしもそうなら、結構最初のあたりから見ていたという事だ。
「あのさ、人の趣味の事をどうこう言うつもりはないけど。その趣味を僕にやるのはどうかと思うけど」
「なっ! オレを除き魔だとか勘違いするのは許可しないっ! だいたいそんな貧相な体なんて見たって興奮なんてしねぇーよっ!」
 趣味としか言っていないのに自ら除き魔と言うあたり、自分でも自覚しているんではないかと思う。それに勝手に見ておいて、貧相だとか罵るのはどうかと思う。二度とそういう事させない為に、ちょっと懲らしめようかと思いノクターンを呼んだ。
「……あれ?」
 呼んでいるはずなのに、ノクターンの姿どころか気配が感じられなかった。確かにこの部屋にいるはずなのだが。
「あぁ、お前のスタンドなら出せねぇよ。スタンドは許可してないからな」
 探すようにあたりを見回している僕の様子を察したのか、イルーゾォはまた得意げな顔をして持っていたペットボトルに口を付けた。
「もしかして、さっきそれ落とさなかった?」
「あぁ、落とした。お前が胸のサイズなんて測っているからな」
 小馬鹿にしたように僕を笑う彼を見て、フツフツと怒りが湧き出す。
「……君は、よっぽど僕の事が気に食わないんだね」
「気に食わないぜ。他の奴らも最初はオレと同じで警戒してた癖に、いつの間にか絆されかけやがって……ムカつくから一回シメとこうと思ったんだ」
 イルーゾォはポキポキと指を鳴らし、今にも殴りますよというポーズを取る。こうやってあからさまに嫌悪を向けられるのは、結構堪えるものだ。
「君が僕の事を嫌っているのはわかったよ。でも…………だからって僕の部屋を汚す事は別問題だ。飲み物を溢して放置するのも、鏡の中とはいえ土足で部屋に上がり込むのは許さない」
「はんっ。スタンドも出せないし、お前のほっそい腕でオレをタコ殴りになんてできない。そんな凄んだって……」
 イルーゾォの言葉を遮るように、バタンと大きな音が隣の部屋から聞こえた。少しの静寂の後、ガタガタと何かを漁るような音が壁越しから伝わる。
「なっ……誰かオレの部屋に入っているんだ?」
 どこか焦ったような顔をするイルーゾォを僕はじっと見つめた。パリンとガラスでも割るような音が聞こえると、慌てたイルーゾォは自室へと走った。部屋の様子を見た彼はどんなリアクションをするだろうか?やりすぎだと感じるが、部屋を荒らされる気持ちを思い知ればいい。
「なっ……こんな惨事許可しないぃぃ〜!」
「やっぱり、この世界と現実の世界はリンクしているんだね。君がさっき鏡の中で溢した飲み物が、現実世界での部屋のカーペットを濡らしていたからもしかしてって思ったんだ」
「くっ……」
「まだリーダーにしか教えていないけど、僕のスタンドには自我がある。今の僕には部屋を汚された怒りを持ち、スタンドには僕の傍を引き離されたという別の怒りを感じている。理由は別だけど同じ感情を持つ僕たちは、今の君に対して懲らしめてやろうという共通の意志を持っているんだ。……意味わかる? さっさと、僕を鏡の中から出して。そして君は僕の部屋の掃除をするんだ」
「だっ……誰がそんな事……!!」
 イルーゾォはワナワナと震わせ、唇を強く噛んだ。
「別にいいんだよ? このままだと君の部屋は壊滅状態になるし、アジトにある鏡を全て粉々にするだけだよ」
 畳み掛けるようにイルーゾォに問い詰めれば、ゴーグルをかけた人型のスタンドに身体を引っ張られたのだった。

「うん。だいぶ綺麗になったね。ありがとうイルーゾォ」
「なんでオレが……なんでオレが……」
 やっぱり土足で上がられていたせいで、カーペットには砂やなんかが落ちていた。ブツブツ文句を言う汚した張本人に掃除をしてもらったお陰で、だいぶ綺麗になったのだ。
 イルーゾォはかなり不満気だったが、僕の怒りはすっかり静まったのだった。


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