Shadow Phantom | ナノ
 4:脂っこいポルポ・エ・パターテ

 ネアポリスの港付近にそびえ建つ『刑務所』は外周から見ると出入り口は一箇所のみ。青々と広がる海を背景に、灰色で広く大きいそれは異様な存在感があった。
 昨日幹部バジリコから指示されたこの場に僕はやってきた。刑務所のドアを開くと、刑務官が4人程待機していた。中に入ってきた東洋人の僕を見て、何か思う事があるのか怪訝な顔をしている。
「荷物・腕時計! ポケットの中の物を全て机の上のトレイの中に出してから奥に進み、ボディ・チェックを受けてください……」
 彼等は奇妙な東洋人だと思っているのかもしれないが、仕事はちゃんと遂行する。僕は言われた通り、持っている物を全てトレイの中に入れた。その間、銃を持った刑務官が僕を疑わしい眼差しで見つめ、いつ何が起きても構わないかのように肩から下げているライフルに手を添えていた。
 1つ目のゲートを抜けると、女性の刑務官が僕の身体に触れる。
「奥のゲートをくぐると囚人番号N-28『ポルポ』の監獄があります。廊下をまっすぐ歩いてください。部屋は強化ガラスによって遮られておりますが、会話はできます。ガラスが割れる心配は無用ですが、触れる事は禁止されています。何か物を渡す事も貰う事も禁止されています。面会時間は15分です」
 女刑務官はチェックをしている間、刑務所のルールを説明した。一通り調べ終わると牢獄へ向かうゲートを開いた。
「あなたがゲートをくぐったら、あのゲートは閉じますが何かあった時は叫んでください」
「わかりました。わざわざ、どうも」
 軽く礼をし、薄暗い廊下を進んだ。

 少し足を進めていくと、石でできた不気味な顔が飾られていて一箇所だけ光が差していた。後ろでゲートが大きな音をたて閉まる。
 光が差していた部屋をガラス越しから見ると、中の様子が伺えた。むき出しになっている便座、ベッド、サイドテーブルに壁には絵が飾られていた。
 そのちょっとだけ贅沢な監房の中を、あっちこっち見渡しても肝心の人の姿が見当たらない。だけど、ここに通されたという事は、留守にしているというわけではないはずだ。
「……ふぅ〜。東洋人なんて珍しい。cinese……giapponese……どっちだったかなぁ?」
 唐突に声が聞こえたと思うと、ベッドだと認識していた物がどんどん膨張し人の形に変わる。その人物は監獄部屋になんとか収まるぐらい大きな男だった。
「君が幹部、バジリコにスカウトされた東洋人かい?」
「……えぇ、そうです。日本人です」
 少し返事に遅れたが質問に答えると、男はそうかそうかと納得したように頷いた。そして、壁に備え付けられていた小型の冷蔵庫からワインを取り出した。
「プフゥ〜君もどうかね? ……と思ったが、まだ子供なら辞めた方がいいか……それならアルコールのないブドウジュースはどうだい?」
「お気持ちだけでじゅうぶんです。何も受けとるなとさっき念を押されましたから」
「プフゥ〜そんなの言っただけさ。人は言っている事とやっている事は違うからなぁ〜。そこが人間の良さであり、悪しき所なんだがね……」
「……」
 イタリアで力を付けているギャング組織の幹部という者が何故刑務所から出れないのだろうと疑問に思っていたが、出る必要がないのだと理解した。牢獄とはいえ、冷蔵庫もあり高級の食材も揃えている。ちょっとした娯楽も壁の中に収納しているだけではなく、刑務官や強化ガラスに守られているから逆に安全なのだろう。
「さてさて、君の事はバジリコから話を聞いたよ。……そうとう有望らしいじゃないか。彼が惚れ込んでスカウトしたんだってね。えっと、凜・霧坂君? 面接試験を始めようじゃないか」
「……お願いします」
 長ったらしい世間話がようやく終わり、やっと本題へ移ったのだった。

「人が人を選ぶのにあたって……一番『大切な』事は何だと思うかね?」
 最も大切な事、それは一体なんだろうと考える。人選をする時に人は何を見るか。
「そうですね。『何ができるか』と一瞬思いつきましたが、それは企業に面接しに来る者に望む物と同じ事。なので、僕は『信頼』だと思います。ビジネスでも取引をする時は、相手を『信頼』できるかどうか見極めないといけないから」
「プホォッ! 正解正解大正解だよ〜。惚れこまれただけであって、ずいぶん賢いようだ。すぐさま重要な事を理解できる者なら、わざわざ説明なんていらないだろう。……さて、ここにライターがある。君にこのライターの火を24時間消さずに守りきってほしい。これができたなら、組織バッチを授けよう」
 面倒な事を質問されただけでなく、ライターを守りきれだって……?ずいぶん回りくどい事をやってくれるじゃないか。僕は傍にいたノクターンをこっそり建物の外へ回した。
「……お言葉ですが、さきほど貴方は最も大事な事は『信頼』だって言いましたよね? だが、今貴方がやろうとしている事はそれを覆そうとする行為だと僕は思います」
「ほほぉ? どうしてそう思うのかね?」
「ギャングの世界で『幹部』に登りつめるということは、よほどの『信頼』と『実力』が必要になりますよね? 僕はその『信頼』を勝ちとった幹部の人間からのスカウトでここに来たんです。今からやろうとする事は、同じ幹部の『信頼』に『侮辱』するような行為では?」
「プフゥ〜……若いというのは良いものだ。かなりの無茶な事を………っ!! なん、なんだっ!?」 
 刑務所は横に大きく揺れ始め、まるで地震が起きているようだ。牢獄に飾られた絵画や壁に収納された娯楽品達は右左へと行ったり来たりしている。ゲートの向こうにいる刑務官達も何事かと騒ぎ始めた。この建物にいる人間からしたら、大きな地震だと思うかも知れないが、実際は外へ回したノクターンが建物を掴み揺らしているだけだ。
「おやおや、なかなか大きな地震ですね。知ってます? 日本では地震は日常茶飯事なので、建物はしっかり地震対策をしているんですよ。でも……ここはどうでしょうね?」
「ひっ……ひぃ〜」
 揺れはますます大きくなり、天板ガラスの割れた破片が落下すると、ポルポは顔を真っ青にし大きな身体を震わせている。
「あらら……危ないなぁ」
 僕も立っていられなくなって柱に捕まった。
「……で? どうなんです? バッチはいただけるんですか? 早くしないと建物崩れちゃうかもしれませんし、刑務官来てしまいます。……ご決断を」
 煽るようにポルポに問だすと、足を囚われながらフラフラ移動させガラス横に備え付けられた鉄のドアの窓口を開けて、小ぶりな金色のバッチを置いた。ここまでしないと渡さない物なのかと呆れながら、気が付かれないように手早くスタンドを元に戻した。
「ありがとうございます。これから組織の為に精進して活動しますね」
「っ……くっ、くれぐれも組織を『侮辱』するような行動はしないと誓ってくれよ。入団おめでとう凜・霧坂君」
 真っ青を通り越して真っ白になっているポルポに笑いを堪えるのに必死だった。いつもの人当たりの良い笑顔を浮かべ、一礼して刑務所を出ようとすると牢獄の部屋の電気が消えた。また情けない声を出すポルポを見て、ムクムクと悪戯心が芽生える。
 そっとノクターンを出し、一箇所に狙いを定め強化ガラスにぶつけると、呆気なく刑務所ご自慢のガラスは粉々になって砕け散った。ポルポに目をやれば、絶望的な事が起きてショックを受けたのか目を剥いて気絶していた。
「刑務官さーんっ! 強化ガラス割れちゃいましたよーっ!」
 揺れが収まってもゲートの向こうではまだ混乱していたようだが、僕が大声を上げて知らせるとすぐに銃を持った彼等はやってきた。
「なっ……あの強化ガラスが……」
「さっきの大きな揺れで割れちゃったのでは? もう面接時間終わるのでそろそろ出たいのですが……」
「では、ボディーチェックをさせてもらいます」
 組織のバッチはすでにノクターンに渡し、刑務官達の目の届かない場所に移動させてある。どんなに調べようが、言われた決まりを守った僕からは何も出てくるはずはない。
「以上で終わりです。入り口で預かった物を受け取りお帰りください。……退館を許可します」

 刑務所から出ると、いつからいたのかバジリコが待機していた。
「どうだったかね?」
「ちゃんといただきましたよ。ちょっと手間がかかってしましたけどね」
「はっは。あんまり派手にやると、すぐに目をつけてくるから気をつけてくれよ」
 外はすっかり日が落ちて夜の時間に入り込んでいる。掌に収まった金色のバッチが街灯に照らされ、キラリと光った。

prev / next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -