Shadow Phantom | ナノ
 20:化物なんて呼ばないで

 むせ返る血の臭い、燃えるように熱く痛む傷口、乾く口内、空腹を訴える腹。我慢ができない。本能のまま食らい付くしたい。この二人に見せて良いものか? どこかの誰かのように化物と叫ぶのだろうか。理性と本能がグラグラ揺れる。
 別にいいじゃないかと相棒が囁く、早くご褒美を頂戴と強請っている。
「できれば、自分たちの目と耳を塞いでいて欲しい。……見てもいいけど、決して良いものじゃないから……」
 途切れ途切れにそう告げてから、ノクターンを出すと、『良し』と言われるのを今か今かと待ち詫びる犬のように、その場でガシャガシャと音を立てて蠢いている。
『食べろ。ノクターン』
 日本語でそう命令すると、待ってましたと言わんばかりに真っ先に近くの死体へと纏わりついた。ノクターンは指で屍をすくい上げ、口に放り込むと肉や骨を噛みちぎる音が響いた。人を喰らい自分の血肉にする。口内は甘く瑞々しく潤い、負傷した場所は新たな肉と皮や細胞が作られ癒やされる。この光景を見た者達は、僕を化物だと罵り気味悪がった。誰がつけたか知らないが、『東洋の化物』なんてセンスのない異名を付けられていた。そして今そんな醜い姿を、まだ知り合ってそんなに日が立たない二人に曝け出してしまっている。久しぶりの『食事』に、僕自身も喜んでいるのか口元が緩むのを隠しきれなかった。

「ご心配をおかけしました」

 すっかり傷は完治し気まずそうな顔をした二人に、さっきの金庫を開けようと促して目的の組織のバッチを取り戻した。それと一緒に金庫に保管されていた大量の札束を見つけ、交通費と宿代を払っても余裕でお釣りが来る金が手に入った。残しておいた屍達はメローネのベイビィ・フェイスが始末をしてくれ、壁や家具に飛び散った血液や死臭は残っているが綺麗に片付いた。
 そして敵アジトから一歩外に出た時に、二人に心配をさせたのを詫たのだ。リーダーはたっぷりの沈黙の後に、しっかり傷を塞げたのか?と尋ねられたのでお陰様ですと答えると、次からは気をつけろと頭を軽く撫でられた。隣のメローネは、しばらく何かを考えていたかと思うと突然思い出したかのように手を叩いた。
「アレだっ! ようやく思い出したんだよッ!」
「……何を思い出したの?」
 メローネは何やら興奮していて、僕とリーダーで不思議そうに見ると急に僕の両手を握った。
「あの時の君を見て、まるであの人のようだって思ったんだっ! それでようやくその人の名前を思い出したんだよ」
「あの人って言われてもわからないよ」
「『バートリ・エルジェーベト』だよ! 吸血鬼のモデルにもなった『血の伯爵夫人』の事さ。そう……ベリッシモベネだよ。君のあの楽しそうに人を食い散らかすの見て、オレ興奮しちゃった。……あっ、ベネ。思い出したらまた勃ってきちゃった」
 メローネは早口で一気に捲し立てると、掴んだ僕の手で股間を当てた。服越しでもわかるそれは、立派に主張していたので思わず蹴り飛ばしてしまった。
 寒いわ、痛い思いをするわ、すぐ身近で変態と遭遇するわと散々な目に合った任務は終わったのだった。


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