大きな猫はまだ子供
「最近、ずいぶん楽しそうだけど、何か良いことあった?」
そうなの。良い事できちゃったんだ。勝手に話させてもらうけど、最近『猫』を預かってるんだ。
普段は猫らしくちょっと素っ気ないと言うか、興味がない人には相当警戒もして、クールな所が多いんだけど、なにかのスイッチが入ると凄い甘えん坊になるんだ。
毛はちょっと変わった色合いをしているんだけど、綺麗で指通りがいいの。あと……写真嫌いで、絶対に写真も動画も撮らせてもらえない。どういう事なのか勘が鋭くて、すぐに気が付かれてしまう。
自分が撮られた事に、気がついた時はそれはもう……。それと偏食でご飯も大変だけど、自分好みの物が出された時は嬉しそうに完食するの。
――ついつい鼻歌を弾ませる私を見て、友人から聞かれた質問に私はベラベラと語り返した。怒涛の勢いで話す私に呆気にとられたのか、友人はちょっと引き攣った笑顔を浮かべ"名前が幸せそうなら、私も嬉しいよ"と、当り障りのない言葉をくれると、そそくさと立ち去ってしまった。
「まだまだ惚気たかったんだけどな……」
『猫』とは言ってはしまったが、本当は人間の話だ。事情があって猫だと誤魔化して言ってしまったが、最近一緒に暮らすようになった恋人について私はまだまだ喋りたかった。
自分のことを動物として話したら、その恋人が怒るのでは?と思われるかも知れない。だが、彼を人間以外の種族に例えたら何になるかと考えると、どうしても『猫』がピッタリだった。
愛玩動物として人間のすぐ身近な存在であり、そのツンとした態度からのベッタリと甘えてくる時の破壊力は凄まじい。気まぐれな所も猫と同じだ。
だからこそ、私は友人や知人相手に自分の恋人の事を話す時は『猫』と言っている。写真や動画が嫌いってのは、彼がやっている職業の関係もあるが、興味を持ってくれた人に『写真が見たい』と言われる前に、先手を打っているからである。
惚気足りずに悶々とした気持ちのまま、私は夕飯の食材が入った袋を片手に家に向かった。
「ただいま……」
「お帰り名前。ずいぶん帰るのが遅かったじゃないか。オレはもう待ちくたびれたよ」
ドアを開けるとすぐに目に入ったのは、体育座りをして待機をしていたメローネだった。帰宅しての第一声に被せるように、メローネはどこか拗ねたように私に小言を投げかけた。
「ごめん、ごめん。夕飯何にしようかなーって考えながら買い物していたから……」
「なんだ。それなら、買い物している時に電話くれたら良かったのに」
子供のように頬を膨らませるメローネに、謝罪をしながらも家の中に入ると、何やらいい匂いが私の鼻を掠めた。
匂いを嗅ぐように鼻を動かす私を見て、メローネは悪戯が成功したかのようないい笑顔を浮かべている。
「なんてたって、今日の夕飯はオレが作ったんだぜ。名前ほど上手くはないけどさ、結構自信あるんだ」
「えっ、メローネって料理できるの!?」
全然知らなかった恋人の一面に驚いて、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。持っていた買い物袋を奪われるように取られると、メローネに手を洗うように背中を押されたのだった。
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「それじゃあ、いただきます」
「あぁ、どうぞ。召し上がれ」
テーブルに並ぶ湯気を揺らす美味しそうな料理を目にし、単純な私のお腹は早く食べたいと訴えるように小さく『クゥ』と情けない音を鳴らした。
食事の挨拶もしたし、いざ実食!とメローネの期待した視線を受けながら料理を口に運んだ。
「んっ!」
「……どうだい?」
口に広がるその味に、私は驚きで目を見開いた。"美味しい"とただ一言だけ発すると、ついつい夢中で箸を進めていく。
まさかメローネが料理上手だったなんてと、感動していたが何やらずっと視線を感じた。
「どうしたのメローネ? メローネもご飯食べないの?」
メローネはずっとニコニコと笑みを浮かべながら、自分の箸は一切持たずに私が食事をしているのを眺めていた。
「美味しいかい?」
「うん。凄く美味しくて感動しちゃった。……けどメローネは?」
「オレ? オレは名前に食べさせて欲しいんだ。ほら、あーん」
どうやら本当に私が食べさせないと、頑として自分で食べないつもりだ。大きく口を開けて今か今かと待つメローネは、どこか雛鳥を連想させる。
「しょうがないなぁ。はい。あーん……」
仕方がなくメローネの口元に運べば、嬉しそうに食べるメローネに私はついつい笑ってしまう。
「なんだよ? そんなに面白いかい?」
「うん。だって、なんだかbambinoみたいだなって」
「おっと。それならbambinoじゃなくて、mammoniがいいな。それで勿論名前がオレのMammaだ」
笑ってしまった私に、どこか不服そうな顔をして聞いてくるメローネに答えれば、私を恋人ではなくて母親扱いされてしまう。
"えー、どうして私がMammaなの?"と、冗談交じりに聞いてみれば、メローネは不服そうな顔からどこか神妙な顔つきに変わった。
「オレが君の子供なら、どんなに甘えても許してくれるだろ? ご飯食べさせてもらうのも、膝枕をしてもらうのも親子なら当然だ」
「そうね。当然かも知れないけれど、普通の親子はキスどころか、それ以上の事なんてしないよ?」
「あっ、それは嫌だな。……やっぱり恋人として甘えた方がベリッシモいいや……」
諭すように言ってみれば、メローネの意見があっさりと変わったことに、私はまたついつい笑ってしまった。子供だろうが恋人であろうが、結局は私に甘えたいという事には変わりないらしい。
「今度は、オレが食べさせてやる。交代で食べさせ合いしよーぜ」
「別にいいけど、それじゃあせっかくの料理が冷めちゃうよ」
そんな事を言いながら、私達は楽しく食事をしたのだった。
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食事を終わらせ、食器等を片付けると、私達は決まってしばらくの間はソファーでグダグダと過ごすのが日課だ。
少し面白そうだったり、今日あったニュースなど適当なTV番組を点けてぼんやりとする。その時メローネは私の膝に頭を乗せて寝そべったり、腰にしがみつかれお腹に顔を埋められたりと好き勝手にしている。
最初は髪の毛が擽ったくて何度か辞めてくれと頼んだが、その場だけの謝罪をするだけで、結局はこの位置を維持している。
そういう事が数日も続けば、私も一々言うことは無駄だと想い諦めた。だけど、ずっしりとなかなか重たい頭を時々撫でれば、緑色の瞳を猫のように細め気持ちよさそうにするメローネを見ることが出来るので、これはこれで楽しかったりする。
「ねぇ、メローネ。そろそろトイレとかお風呂入りたいんだけど……」
だが、このゆったりした時間にはいくつかの難点がある。1つはずっと頭を乗せられると、辛くなること。2つ目は身動きが最低限になり、トイレに行くのもわざわざ退いてもらわないといけない事。そして、一度これをされてしまうと、あと十分とか五分とか延ばし延ばしにされてしまう事だ。
こうやって今も、私が声を掛けても嫌々とするだけでなかなか退かない。無理やり頭を落としてもいいのだが、それはそれで可哀想になってしまう。
壁に掛けた時計に目をやれば、そろそろお風呂に入って寝る支度をしないといけない時間だ。次の日が休日ならば、まだこのままでもいいけれど仕事があるとそうも言ってられない。
「えー……もうお終い?」
元々いい顔なのに、そうやって上目遣いで見上げてくるのはズルいと思う。そんな顔をされたら、駄目だって言いづらくなってしまうから。
「だーめ。それに、メローネ昨日は入っていないでしょ」
「でも、今日も外は出ていないし……」
こうやって駄々をこねた時は"私が髪の毛を洗ってあげる"って言えば、たちまちダラダラしていたのが嘘みたいにシャキッと立ち上がるもんだから面白い。
心移り変わりしないうちに、私はグイグイとメローネの背中を押した。"風呂から出たら、さっぱりしたついでに一発……ごめん。冗談だって"碌でもない事を口にしようとするメローネを睨みつけると、今度こそ私達はお風呂場に直行した。
元々二人っきりになると、甘えん坊になる人だったが、同棲を始めた途端にそれに拍車が掛かってきたというのが、最近の小さな悩みである。
だが、こんな感じに甘えたがりのメローネだが、常にというわけではない。
例えば彼が仕事中の時は、特に素っ気なくなる。まぁ、それは当然だと言えば当然だ。実際、彼が行っている作業ってのは一見簡単そうに見えて、実は神経がすり減るし色々気を使うらしい。
一番マシな時さえ、丸二日間。酷いと一週間も食事を殆ど取らず、睡眠さえも削って作業をしている。前にどういう事をしているのかと聞いてみたことはあったが、言葉を濁しながら質問は流されてしまった。
その大変な期間のメローネの体調も心配あったが、作業に掛かると周りの音も聞こえず、時間が過ぎていく事さえも忘れてしまうぐらいに没頭してしまう事に、私は寂しさも感じていた。
「それじゃあ、仕事に行ってくるね」
「……………………あぁ」
ずっとPCとにらめっこになっているメローネに声を掛けるが、たっぷりの沈黙の後に私の方を見もせずに短い返事をした。
いつもなら玄関までやってきて、数十分は抱きついて離れてはくれないが、メローネは一ミリも動こうとはしなかった。
少し鬱陶しいなと思うぐらいが丁度いいんだなと、そんな贅沢な考えをしながら私はドアを閉めたのだった。
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「ただいま〜……メローネ?」
家に帰れば、部屋の中は真っ暗だ。まぁそれは仕事期間中のメローネの場合だと、普段の事。だが、その暗闇に見えるはずの篝火のようなPCの明かりさえないのだ。
どこかに出掛けてしまったのだろうか?そう思いながらも靴を脱ごうとすると、いきなり腕を誰かに掴まれ前屈みに倒れそうになる。
「うわっ……!」
このままでは床にぶつかるっ!と来るべき衝撃に備え、固く目を瞑る。だけど、受け止めたのは痛みではなかった。一体何事だと頭の中は混乱していたが、自分にしがみついてくる誰かは、自分がよく知る感覚だった。
「メローネ……?」
「…………何処に行っていたんだ? オレに何も言わないで……」
姿の見えない誰かがメローネだということに安堵したのも束の間。痛いぐらいに私を抱きしめるメローネの声調は、可哀想になるほど弱々しかった。
「仕事に行くって言ったじゃない。それよりも……少し力を弱くしてほしい。ちょっと痛いかな?」
なるべく優しい声で頼めば、力一杯抱きしめられていた力は弱くなった。その変わりにメローネは顔を私の首元に埋めた。
きっと自分の仕事が一段落して、ようやく周りの事に気がついたのだろう。朝出かける時にした返事も、やっぱり生返事だったのだ。
べったり甘えたり、無関心になったりと本当に極度だなと呆れながらも、私は少しだけ自由の利く両手でメローネの背中に手を回した。
「ただいまメローネ」
「あぁ……お帰り名前」
安心したようでようやくメローネは離れてくれたが、今度はギュッと手を握られた。
ずっと『猫』のようだと思っていたが、良い意味で『子供』みたいな人だと訂正する。
「職場の人に、お菓子を貰ったから一緒に食べよう?」
と、甘えん坊で子供のような恋人の手を引いた。
夜は長い。メローネの不満を聞くのも、喋らなかった時間を埋めるのも、二人でゆっくりする時間もまだまだあるのだから。
終
あとがき
モナコ様から頂いた『マンモーニな甘えん坊のメローネとの甘夢』というリクエストから書かせていただきました。
今回は、甘えん坊のメローネとの同棲生活をしている話です。普段は夢主に甘ったれのメローネだけど、仕事(ベイビィの育成中など)の時は周りの事など、一切眼中に入っていない感じになる。
だけど、任務完了になった途端に、夢主の存在が必要で傍に居なかったりするとメソメソするタイプになっています。また詳細はネタの方で書かせていただきます。
モナコ様、だいぶお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。そしてリクエストありがとうございました。今回もお楽しみ頂けたら、光栄です。
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