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恋心隠すアンチテーゼ

 "名前は奥手なのか、積極的なのか時々わからなくなるわ"
 以前もの凄く呆れた様子の友人に、溜息されながら言われた言葉を思い出す。
 友人の指摘はグウの音も出ないほど正論で、自分がする恋愛アプローチが常識的ではない事は、嫌というほど理解している。……だけど、臆病者の私にとっては精一杯の行動だった。

 私が同じチームのリーダーであるリゾットに恋をしたのは、遡れば2年も前の事だった。初めて彼の姿を見た瞬間、あの人こそ私の運命の人だと直感し、それが脳の誤報だったかも?だなんて一ミリも疑いもなかった。
 その時の私はまだただの一般人で、ギャングという裏組織とは無縁の生活を送っていた。呑気に平和な日常を送っていた自分が今、血なまぐさい暗殺者として働いているなど想像も出来なかった程だ。
 "もう当分、恋なんてしない"と、失恋した人間が吐くお決まりな陳腐の言葉を呟いた時だ。不意に視界の隅に入った銀髪に目を奪われ、誘われるように顔を向けた。
 ……あの衝撃をどういう風に表現したらいいのだろう。今まで色んな人を好きになったが、その中でも群を抜くほど私の心を痺れさせたと言うべきなのだろうか。
 容姿が良いのは勿論だったが、その彼の雰囲気が他の人間と違った。血の匂いがする危ないオーラが滲み出ているが、その危険さには何故か惹きつけられる魅力があった。
 (知りたい。あの人を隈なく調べたい)と心の中で決断すれば、私の行動は早かった。


 最初にも言ったとおり、私の恋愛アプローチは一般的ではない。いや、アプローチと言うよりも、ターゲットに近づくまでの過程がおかしいのかもしれない。
 相手に近づいた時、私というまだ見知らぬ存在に興味を持ってもらうには、まずは相手のことをよく知っておかなくてはいけないのだ。
 名前、年齢、誕生日、血液型、住所、職業。etc、etc.……調べ上げる項目はきりが無い。だが、知ることができた事が増えれば増えるほど、私の心は喜びに震える。……そこまではいい。大胆な行動ばかりしているが、私はその先がどうしても進めない。
 いつもまるで偶然だと装って事を上手く進め、意中の人と同じ職場に勤めたり、いい感じの雰囲気になっても、駒をその先に進めることに勇気を出せない。
 私と仲良くしてくれる友人は、よく呆れたように溜息をつく。"探偵ばりにそこまで調べることができるのに、その先に進める事ができないのは、本当はその人の事好きじゃないんじゃない?"と、何度目かの恋に失敗して落ち込んでいた時に言われた言葉が、今でもチラチラと脳裏に浮かぶ。
 これまで沢山の男を調べ上げた私は、世間で言う『ストーカー』という立ち位置で、良い印象どころか『気持ち悪いor気色悪い』と忌み嫌われる存在だ。ラッキーな事にこれまで自分がストーカーだという事は勘付かれていないものの、ストーカー行動がバレてしまうのはいつかは来てしまうだろう。
 だからこそ、今回でそんな事を卒業したいと心底願っている。
「……そのはずなんだけどね」
 私は誰かに言うわけでもなく、小さくポツリと言葉を漏らす。ソファーに寄りかかり本を読むふりをして、私は顔を隠しながら仲間と話しているリーダをこっそりと見つめた。
 少しでもあの人の近くにいたくて、私は必死にここまで来たんだ。彼の情報を掴むのは、これまでの中でも断トツの難易度であった。ギャング、それも人殺しチームのリーダーなのだから、難しいのは当然だと納得はしても大変だった。
 後を追っても巻かれてしまうのは勿論。時にはギャングの交戦に巻き込まれそうになり、時には何体もの亡骸を乗り越えたりと、それはもう命がけというのも大げさではないほど。
 何だかんだでリゾットが、イタリア最大ギャング組織パッショーネの構成員で、主に暗殺を行うチームリーダーという情報を手に入れることができたのは、気がつけば1年という年月が掛かっていた。
 そういう血と涙が滲む努力のおかげで、私のストーカースキルは以前に増してだいぶ上がっていた。リゾットの情報を調べる事に比べれば、パッショーネの入団テストなんて簡単すぎるぐらいだった。
 だが、死にもの狂いでリーダーと同じチームに入れた癖に、私は未だに彼と個人的な話なんてできていない。
 というよりも、あまりの格好良さにすぐ近くに居るだけでも、呼吸するのが苦しほど胸が高鳴ってしまう。仕事のやり取りをするだけでも精一杯で、まともに顔を見れないどころか赤面してしまったりする。
 挙動不審になる私に、あの低く良い声で"おい、大丈夫か?"だなんて言われた時は、恥ずかしながらテンパってしまい、裏返った声で返事をして笑われてしまった事もあった。
 最初は怖いと思っていた人殺しだって、あの人が褒めてくれると思ったらなんてことない作業の一つだ。それなのに……。自分はここまでヤれる女なのに、どうして好きな人とまともに話ができるどころか、近づく事もできないのだろう。
 今までの男性は、恋人にはならなかったものの、楽しく会話をするのは普通にできたのに。自分の不甲斐なさを感じて落ち込んではいたが、最近薄っすらと思うことがあった。
 実は自分が気が付かないだけで、すぐ側にいなくてもこうやって同じ場所に居られるだけでも、私は幸せだと感じているのかもしれない。
 それどころか毎晩寝る前に、リーダーの声や一つ一つの動作を思い出しながら、もしあの人と付き合ったらとか妄想に浸っている事に満足しているのかも……?
 本当はリーダーが手に届かない存在だと認識してしまうのが怖いから、私は目を反らしてしまっていたのではないか。勿論リーダーに恋をしているのは自覚している。だけどそれは恋と似ているが、まるで芸能人に熱を上げているような感覚と近いのかもしれない。
 一人で勝手に悩み考えていた結末に、私の心は非情な寂しさで襲われ、やがては無理矢理納得をしていた。どこか心がポッカリと穴が開いてしまった感覚で、もう一度見たリーダーは相変わらず格好良く見えた。

 私がリーダーに対しての認識を脳内で整理できてから、私は未だに親しい雑談はできないが、以前のように赤面したりテンパるような事はなくなっていた。
 それどころかちゃんと目を合わせて話せるようにもなったし、不自然な行動を取らなくなったのは大いに喜ばしい事だった。
 "わざわざギャングの世界に足を入れた癖に、肝心の相手にアタックしなくてどうするのよっ!?"
 友人の呆れたように怒った声が聞こえてきそうではあるが、認識を改めただけでここまで気の持ちようが変わることに私は驚いたものだ。
 最初は自分の恋心が、芸能人のファンと同じような物だとわかってしまった時は、悲しさを感じてはしまったけど、今は逆に楽しさと幸せさを感じるようになった。
 朝は、寝起きのリーダーが見られる。睡眠時間が足りていなかったせいで、眠そうに眉間に皺を寄せてチビチビと濃いエスプレッソを飲んでいるのが可愛いとか、執務室で真面目に黙々と書類を片付ける姿とか、任務の時の冷徹で頼れる姿が格好良いと、憧れの人をすぐ間際で見られるファンの感覚は楽しかった。
 それと同時に、朝リーダーにエスプレッソを淹れてお礼を言われたり、自分でもできる書類の片付けを手伝ったり、一緒に任務に行ったりとちょくちょく加わる私。
 そんな一日を寝る前に振り返り、好きな人が出演するドラマに加入する事ができた自分を思い出して幸せを感じた。明日はどういう風にして彼と過ごそうと妄想するのも至福だった。
 私の恋心はどんどん変な風に拗らせていたが、妄想だけでも二人だけの幸せな世界を作りたかった。

 『最近連絡がないけれど、元気にやっている?』という友人からのメールに、私はただ一言『順調』とだけ返した。嘘を言っているわけではないが、その真相を言ってしまったらまた呆れられてしまうだろう。
 私の日常は順調に過ごせている。任務で怪我をするわけでもないし、リーダーとは問題なく普通の上司と部下の関係でいられている。関係が先に進むことはないけれど、相変わらず寝る前の妄想は滾り、心の癒やしを感じていた。
 ――だが、そんな心の平穏は長くは続かず、再び乱れてしまう事になってしまうのが近づいているのを、まだ私は知らなかった。
 任務の報告書、頼まれていた経費の計算など様々な書類を抱えて、私は執務室のドアをノックした。すぐに返ってきた声に、普段通り油断もせずに部屋に入り込んだ。
「失礼しますリ、ッ……!!」
「どうかしたか名前?」
 そこに立ってリーダーの姿は、私服でもいつもの仕事着でもなかった。皺一つもないスーツとシャツに、しっかりセットされた髪型、そしてトドメに伊達メガネ。まだお目にかかったことのない姿に、私は言葉を失い持っていた書類を落とした。
 目にしっかり焼き付けておきたいのに、私はリーダーをまとも直視できず、久々に顔に熱が集まる感覚と漂う色気に殺されてしまいそうになるぐらい、胸が苦しくなり悶ていた。
 部屋に入ってきたかと思いきや、いきなり書類を落とし胸を抑える私の姿に驚いたのか、リーダーは慌てたように声を掛けてくる。
 大丈夫だって返事をしたいのに、私は隠そうとしていた恋心が再び芽生えてきてしまいそうで、それを抑えるのになかなか声を出せなかった。
「――はぁ、はぁ…………。すみません驚かせてしまって。もう、大丈夫ですから」
「本当に大丈夫か? 脈も呼吸も乱れているし、頬も赤く熱くなって瞳孔が開いている。……気分が悪いんじゃないか?」
 ようやく落ち着いてきた私が謝罪をすると、リーダーは私の気も知らないようにグッと手首を掴み、ペタペタと私の頬を触る。いきなりの行動に、私は情けない声を出してビクッと身体を震わせた。
 大丈夫か?だと聞かれて、全く大丈夫ではないというのが本音だ。その証拠に、どこかオロオロとしながら心配してくれているが、リーダーの大きな手の平と体温を感じて私は腰が抜けてしまいそうだった。
 ほんの数センチしか無い距離感も、フワッと鼻腔を掠める香水も、私なんかを気遣う優しさも、その全てが騙しこんだ思考や心を惑わせる。
 そんな格好でどこに行こうとするんですか?、これ以上貴方に心奪われる女の人を増やさないでください。と、そんな言葉を出してしまいそうで怖かった。私はただの部下であり、ただのファンの一人なはずなのに。
「……名前、それでは容態がわからない。隠さないで顔を見せてくれ」
 今すぐこの場から離れてしまいたい私は、リーダーから必死に顔を背けた。隠し誤魔化していた気持ちが溢れ出てしまいそうになった時、まるで救世主のような存在が部屋に入ってきた。
「……どうしたんだ二人して?」
 私が落としてしまった書類を拾いながら、ホルマジオは呆れたような声を出して話しかけてきた。逃げ出したくなっていた雰囲気の中で、まさに渡りに船というやつだ。
「名前の調子が悪そうだったんだ」
「調子が悪いって? ……いや、確かに顔は赤いけれど名前は元気そうだから安心しなって」
「だがっ……」
 私の手首はまだ掴まれたままだが、誰かが来てくれただけでもどこか心強かった。しかし、二人の話題は私の事になったせいで居心地は悪くなるだけであった。
「大丈夫、大丈夫。それよりもリゾット。アンタそんな色男な格好しているけれど、どこに行くつもりだぁ?」
「あぁ。任務でパーティ会場に潜入して……」
「おいおいおいおい。それはプロシュートが引き受けてくれたのを忘れたのかぁ?」
 ホルマジオの指摘にリーダーがしばし考え込むと、そうだった!と言わんばかりに目を見開いた。"……忘れていた"とリーダーは眉間に皺を寄せると、ホルマジオはいつもの口癖を言いながら笑ってバシバシとリーダーの背中を叩いた。
「リゾット。アンタ、ちょっと最近働き詰めだぜ? 少しは余暇も楽しまなきゃ、頭も働かないってもんだ」
「しかし、オレにはそんな時間は……」
「たった今できたじゃあねぇかッ! それにせっかく、めかしこんだんだ。そこのお嬢さんと一緒にどこか出かけて来いよ?」
「名前と一緒にか……?」
 彼ら二人は、何も言わない私を置いてけぼりに勝手に話を進めていく。特にホルマジオ、私とリーダー二人で出かけてこいって?私に死ねって言うのか?
 一体どういうつもりだと、ホルマジオを睨めば何を考えているのかニヤニヤとしながら私にウインクした。
「あぁ、そうだ。映画……いや、そろそろ日も暮れる。夜景でも見ながら散歩でもすれば、いい気分転換になるだろうよ? なっ?」
「……名前は、どう思う?」
「えっ、私は……」
 急に話を振られ、私はまた言葉を詰まらせる。リーダーと二人っきりになれるのは勿論これ以上なく嬉しい。だけれど……。
 狼狽える私を見かねてか、ホルマジオにバシッと一発お尻を叩かれた。
「名前、オレ達はいつ死ぬかわからない身だぜ? 後悔する生き方でいいのかよ?」
「? 一体なんの話だ?」
 不思議そうな顔をするリーダーとは逆に、私を見るホルマジオの顔は締りない顔ではなく、あまり見ない真剣な表情だった。どうやら勘の良い彼には、私が隠した感情なんてお見通しだったらしい。
 友人には呆れられっぱなしで、仲間からは尻を叩かれた。そしてお膳立てしてくれたこの状況に、果たして私はまた本心から逃げ出してもいいのだろうか?
「……リーダー。私、急いで支度してきます! ちょっとだけ待っててくださいね!」
 ホルマジオの口癖を背後に、私は勢いよく執務室を飛び出した。
――もう、私は逃げ出したりしない。
 走る足取りは、実に軽く感じたのだった。

 終

 
あとがき

 匿名P様の2つ目のリクエスト『リゾットに片思いした夢主が頑張る話』、正確に書くと『リゾットが目当てで暗殺チームに入った夢主。こっそり片思いしているが、当人にアタックできなくてモヤモヤしている。相思相愛にならなくても、奥手な夢主にリゾットと二人きりになれるラッキーチャンスを与えて欲しい』という願いから書かせていただきました。
 今回の夢主は、『リゾットがギャングで暗殺チームリーダーという事を認知しての入団』という事で、かなりリゾットの事を調べないとわからないだろうと思い、ストーカー気質のある子にさせていただきました。 
 またネタの方で詳細を書かせていただきます。なるべくリクエストに添えるように書きましたが、いかがでしたでしょうか?
 匿名P様リクエストありがとうございました。今回もお楽しみいただけたら光栄です。 



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