アンケート小説 | ナノ


▼ ギアッチョ

 容赦ない日照りに苦しませられるこの時期は、本当に外に出るだけで憂鬱な気分にさせられる。肌に当たる日射しはジリジリと肌が焼き焦げそうで、もはや熱いを通り越して痛さを強く感じるレベルだ。よっぽどの用事がない限り外には出るものかと、ギアッチョは毎年この時期が来る度に決めていた。
 しかし今日は予定が入っており、炎天下を歩かなくてはいけないと少々朝から気が重かったが、ギアッチョのその気を晴らしてくれるほど楽しみにしていた予定であった。
 なるべくの日陰を歩き額に大粒な汗を浮かべさせながら、待ち合わせ場所に向かっていた。あまりの暑さに参ってしまい、途中にあった商店で冷たいスプライトを3本購入した。1本はすぐその場に飲み干して、残りの2本が温くなってしまう前に待ち合わせ場所にへと走った。
 
 街中央にある広場へ来ると、ギアッチョの待ち合わせ相手は緑陰がある場所で白い日傘を差して立っていた。この国で日傘を使う女性はほとんどいないから、簡単に一発で見つけられることができた。
 ギアッチョはすぐにでも待ち合わせ相手と落ち合おうと思ったが、少しばかり考えてニヤリと口角を上げる。遠目から観察をすると、日傘を差していてもやはり熱いようで、待ち合わせ相手の名前はどこかボーッとしていた。ギアッチョは名前の背後から回り込み、気が付かれないようにと静かに近づく。
「……キャッ!」
 まだ冷たさを保持していたスプライトの缶を名前の頬に押し付けた。すっかり油断し気が抜けていた名前は、文字通り小さく叫び飛び跳ね上がった。
「……ギアッチョッ!! 驚かせないでよッ!」
 驚いた拍子に落としてしまった日傘を、名前は少しばかり怒りながら拾い上げた。そんな彼女にギアッチョは、『悪い悪い』とあまり心が籠もっていない軽い口調で謝る。
「まぁ、飲めよ」
 頬に押し付けたスプライトを名前に手渡すと、わざわざ自分の為に買ってきてくれた事を認識した名前は、細やかな悪戯に対して怒るにも怒れなくなってしまった。
「ありがとう」
 どこか困ったように眉を下げて笑う名前を見れて、ギアッチョは心の中で満足した。口には絶対に出さないが、名前のその困ったように笑う顔が堪らなく大好きなのだ。
「しかしよぉ? どうせそっちの家で作業するんだから、家で待ってた方が良かったんじゃねぇーの? わざわざこんな糞暑い外に出る必要ないだろ」
「今日はどっちにしろ、外に行かないといけない用事があったんだ。それに……ほら、あそこのお店で新作出ていたんだ。後で一緒に食べよう?」
 名前の片手には、いつも贔屓にしている店の袋を下げていた。こんな暑い中で甘い物を食うのか?と怪訝な視線を送る。
「今日はゼリー買ったんだ。家に着いたら冷蔵庫で冷やしとけばOKでしょ」
 名前は袋を軽く持ち上げると、それよりも早く家に行こうとギアッチョの腕を取った。二人の距離は近くなり、白い日傘が頭を半分だけ隠せば少しばかり温度が低くなったような気がした。
「……相変わらずこんなの差しているんだな。本当、変わってるよなぁ」
「そう? 逆にこんな強い日差しの中で、よく皆平気にしていられるよなぁーって私は思うけど……。ギアッチョも、もうちょっと傍に来たらどう? 結構涼しいよ?」
「嫌だね。ジロジロと周りから見られるのは気分悪いぜ」
 現に今も通り過ぎて行く通行人たちは、チラチラと珍しそうな視線を自分達に向けていた。あまり人からじっと見られることが好きではないギアッチョは、暑さもあり段々と苛つきも高まっていた。
「……そう、わかった。じゃあ、私離れて歩くから気にしないで」
 眉を下げ悲しそうな顔をし、自分を気遣う言葉を言う名前を見て、ギアッチョはしまったと自分のしくじりを悔やんだ。本当はこんなはずではないのだ。なかなか会う時間が取れないから、密かに会える今日をずっと楽しみにしていた。いくら暑くて苛立っていたとはいえ、悲しませる為に来たのではない。
「チッ……、そこで傘を仕舞うって選択はねぇのか。それ貸せよ、オレが持つ。お前が他の男に見られるだなんて、ごめんだからな」
 ギアッチョは名前の手から日傘を半端強引に奪うと、自分の傍へと腰を抱いて引き寄せた。
「これはこれで……恥ずかしくない?」
 どこか照れくさそうにしている名前に、ギアッチョは平然な振りをしながらも名前の家へと足を進めた。日傘の中は確かに涼しかったが、内心は名前と同じく照れくさくて身体は暑かった。

 ギアッチョの手の中にある日記帳にはどれも綺麗な字で少しの文字と、意味のない落書きが書かれている。日記の日付からして、自分と出会う数年前に書かれたものらしい。そこには自分が知らない名前のほんの一部を覗くことができる。しかし、読み進めていくうちにその日記はポジティブの文から、どんどんネガティブな言葉が綴られていた。最後のページは千切り取ろうとした跡が目立ち、その真ん中にはただ"生きたい"と一言だけ書かれていた。
 
 真夏の炎天下を歩き、名前の家に辿り着くと買ってきたゼリーを冷蔵庫に入れた。冷たい水を貰って一休みをすると、二人はボチボチと作業を始めた。ギアッチョは荷造りを手伝っている最中に、本棚の後ろの隙間に落ちていたこの日記帳を見つけたのだ。出来心で中を読んでしまった事を半分だけ後悔し、その半分は過去の名前が生きたいという希望を持ってくれた事に安堵した。もし、自分が知らない所で名前が人生を諦めてしまっていたら、自分と出会う事などなかっただろう。ギアッチョはその日記帳を読んだことを気が付かれないように、こっそりと『対して使わない物』と書かれた段ボールの中に押し込んだ。
 二人の作業が終わったのは、ちょうど子供がオヤツを取る時間帯だった。名前は、ギアッチョにお礼を言いつつ丁度いい時間に終わったねと冷えたゼリーを取り出した。
「本当ありがとう。私こういうの一人でやるのが苦手なんだよね」
「……おうッ」
 口に広がる赤いゼリーは、絶妙に冷たくて疲れた身体を癒やすほど甘い。汗でベタベタになった肌を、古びたエアコンの風が柔らかく冷やしてくれる。
「これから先、お前と……そのっ。良い思い出を作りたいって考えている」
 名前はギアッチョの突然の発言に、目をパチパチと瞬かせた。なんと言うか、普段の彼にしてはらしくないと思わせる口振りだった。
「これから一緒に暮らす家ではよ……その、喧嘩しちまう事もあると思うけど、その分楽しい思い出って言うか? そういう後から思い出して……あぁ、あの時も楽しかったって思える物を作りてぇーってオレは思っている」
 ギアッチョは実に歯切れが悪くて、あまりの恥ずかしさに名前から視線は外していたが、スプーンを持つ反対の手はしっかりと名前の手を握っていた。
「ギアッチョ……?」
「オレはよぉー、自分でもたまに呆れるほど喧嘩早くて物にも当たっちまう事もあるし、名前には迷惑掛けちまう事も多いけれど……それでもこれから先、オレの傍で一緒に生きていてくれると……嬉しい」
 ギアッチョの最後の言葉は、エアコンの風音にかき消されてしまいそうな程小さな声であったが、すぐ傍にいた名前の耳には確かに入った。名前はそっぽを向くギアッチョの顔を無理やり自分の方に戻すと、勿論と涙を溜めた半泣きの笑顔で答えたのだった。

お題ったー『君と過ごす夏』と『その日記には』の結果より




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