「世界なんて君の好きな数だけあるんだよ」

彼女は僕にそう言って目の前から姿を消した。砂が風に吹かれて散っていくような最後の彼女の美しさは僕以外の誰も知らないでいてほしい、願ってしまおうか。ここは僕の世界だから僕がそう望めばそれは瞬時にこの世界で反映されるから。この世界の神様は僕だ。――彼女だけが僕のことを神ではなく、王と呼び続けていたけれども。
彼女のいた場所には塵の一つも残っていない。ただただ真っ白なこの世界は果てなど存在しておらず、上も横もどこを見ても壁がなくただ僕たちの体重を支える地のみがある。
ここは頭がおかしくなってしまいそうだ。
そもそもここは彼女を存在させるためだけに僕が作り上げた世界なのに彼女がいなくてどうするんだ!彼女の今亡き居場所に手を伸ばしても少しひんやりとした空気を掌が掴む。常に僕の手の届く場所へと僕は彼女にいさせていた。今彼女はどこにいるんだろう。手が届かないよ、どこに手を伸ばしていいか分からないよ。
ふと膝の力が抜けて身体が重力に引かれてしゃがみこんでしまった僕は、真っ白な地に手を伸ばす。硝子で出来ているのだろうかつるりとした白が僕の手に冷たさを送り込んだ。まるで僕のすぐそばに彼女がいないことを認識させようとしているみたい。やめてよと僕は拳を振り上げては勢いよく下す。
世界が割れた。
果てのない世界に力が一番かかった場所からヒビは入りだしていった。それは世界を覆っていく。あまりの出来事に僕が何もできないでいると、いつの間にか世界はそれで包み込まれていた。――果てがあったのだ。空気にヒビは入らない、壁がなければ力が加わったところを見ることができないのは誰もが知ってる。壁は僕が想像していたよりもすぐ近くにあった。僕の世界はこんなにも小さかったのか。
次の瞬間ヒビから光が漏れ出していく。白の中に入り込む光は世界を壊して、今度こそ果てのない世界を見せた。砕ける白、飛び散る白、零れ落ちる白。僕もそれとともに落下していく。
その向こうには灰色の場所があった。黒でも白でもない色の中僕は不思議の国のなんとやら、とでも言うように落ちていく。何も周りにはない。下を見てみれば僕よりも早く重力に引っ張られた白たちがもうそろそろ見えなくなってしまうところまで行っていた。僕も一緒に見えないところまで落ちてそしていつかは消えてしまうのか。それともいつまでもいつまでも無重力を味合わなければいけないのか。
いや、そんなことすべてなくしてしまえばいいんだ。彼女の言葉を思い出せ。世界なんて僕の好きなだけ作れるんだ、僕が神様だから。こんな落下するだけの世界なんていらない、その代わりにまた彼女のいる世界を。目を瞑り両手を祈るように握って願えば、閉じた瞼の向こうに眩しい世界がまた現れた。、また、真っ白な世界。さっきと違うのその真ん中に彼女がこちらを見て立っているということ。

「戻って、きた…」

僕だけが支配できる世界がまた僕の手の中に、そして消えた彼女が。彼女と僕だけがこの世界で色を持ち認識される。そこら辺を漂う空気なんて必要不可欠なものというよりもただの飾りだった。僕による彼女のための僕と彼女だけの世界。お腹が空くことも疲れることも泣きたくなることもみんな何もかもないこの世界。
緊張していたのか何なのかは分からないけど、ずっと固まっていた彼女がちら、と僕の顔を見る。さっきまでいた彼女と全く何も変わらない。背の高さも瞳の色もするりと流れ落ちるように揺れる髪も。
彼女はゆっくりと息を吸い込み、言葉を放つ。

「ここ…ここは何なの?」

息が止まった。その彼女はさっきまでいたあの子の姿をしているものの、彼女の中の僕やこの世界の記憶もさっきの世界とともに崩れ落ちてしまっているみたいだった。彼女だけど彼女じゃない。これは世界のリセットなのかもしれない。ならば僕はそれを受け入れよう。こちらへと一歩も踏み出してこない彼女へと歩み寄って笑いかける。

「こんにちは」
「…誰?」

僕を見てそんな怯えた表情をしないで怖がらないで、さっきみたいに楽しそうに笑ってよ僕を馬鹿にしたように笑ってよ。
それに僕が誰かなんて言ったって君は知ってるでしょう、さっきまで一緒にいたんだから、ねえ。もしもそれでも僕のことを知らないというのならば、さっきまでの世界が始まったときと同じことを言おうか。一番最初に僕が作り上げた彼女のための静かな世界。

「この世界の、神様だよ」
「…神様ってよりも、せめて王様って感じがするけど」

ああ何も変わらないよ!どんなに世界が作り変えられようとも君だけは変わらないそのままでいてくれ。僕も変わらずこの世界を作り直していくから。
誰かが止めない限り誰も止まらない繰り返されるこの世界。僕はいっそこのままでもいいんだと思い始める。