わかってるだろ、
朝。低血圧の私は、早朝の談話室の騒々しさに顔をしかめた。普段なら陰気臭いほど静かな談話室が、まだ朝食前だということも疑いたくなるほどの騒がしさだ。朝からよくそんな声が出せるものだと、黄色い悲鳴に思わず感心する。そして根本の原因はこちらの迷惑なんて考えずに満面の笑みだ。…まぁ、それが商売用だということは判っているんだけど。暫くぼんやりと眺めていると、やがてリドルは女子の群れの中から脱出して私の目の前に現れた。そのせいで注がれる数多の妬ましげな視線には、取り敢えず甘受しておくことにしよう。体中に穴が開きそうだけど。
「おはよう、クレア」
リドルの飛び切りの笑顔が私に齎したのは、軽い溜息だった。だから何であんたはそんな笑顔を作れるのよ。完璧な笑顔に呆れる私に、数m先では批判的な声が上がる。どうやらこの笑顔を独占するのには私は凄く身分不相応らしい。悪かったわね、絶世の美女じゃなくて。
「おはよう。…ねぇ、どうにかならないのアレ」
と、それとなく嫌な顔をしてみれば、対称的にリドルは妖艶に微笑んだ。思わず息を飲んで見惚れてしまいそうになった私に、リドルは目を細めて笑う。
「君の視線もどうにかしてほしいくらい熱かったけどね。それこそ、あの女子たちとは比べものにならないくらい。あんなに物欲しげに見詰められたら、流石の僕も恥ずかしくなりそうだったよ」
瞬間全身が真っ赤になって、しまったと思った時にはリドルに捕らえられていた。ただのかまかけに純情に反応してしまった自分が憎らしい。動揺したら負けだってことくらい判っていたのに。せめてもの抵抗として、「やめてよセクハラ」と、するりと腰に回されたリドルの腕を引きはがそうと試みる。が、私に出来たことはリドルの眉をピクンと動かしたことだけだった。
「セクハラ?…つまり、正式名称セクシャルハラスメント、相手の意に反した性的・差別的な言動や嫌がらせ。……それを僕がやっているって?」
引きはがすつもりだったのに、リドルの腕は更に私を引き寄せた。密着する体からは最早逃げられない。見たくないとばかりに上がる周囲の悲鳴も、私の耳には届かなかった。代わりに不服そうなリドルの言葉に小さく頷くと、彼もまた小さく笑った。まるで嘲笑うかのように。
「僕に嘘をつくなんて良い度胸だね?」
耳元で色気のある低音に脅されて、ビクンと体が強張った。
わかってるだろ、
“相手の意に反した嫌がらせ”じゃないことくらい
含み笑いで紡がれた言葉に、真っ赤な私が何を言っても説得力などあるわけがなかった。
(本当はこうされて嬉しいくせに)(う、自惚れるのも大概にしなさいよっ!)(…まぁ、そうやって狼狽するクレアも可愛くて好きだけどね……なんて言って欲しいかい?)(こんのドS…!)
お題サイト宇宙ロケットへの提出短編