とっくに惚れてる
脚が震えた。体が動かない。迫り来る鮮やかな閃光が、やけにゆっくりと感じられた。走馬灯と言うのだろうか。聞き慣れた声が、脳内で私を叱咤する。
「お前は足手まといだから来るな」
それしか言わないヴォルデモートに、いつも苛立っていた。ホグワーツでは優秀な方だったし、人並みには戦える自信もあったのに。何より傍にいたかったのに、一度も戦場に連れて行ってくれない彼にいよいよ嫌気がさして、こっそり混ざってついて来た。…瞬間、思い知らされた。
初めて見る本物の戦場。次々に飛び交う火花。倒れていく仲間達。実物の殺し合いは想像以上に酷く悲惨で。甘い考えしか持っていなかった私は、忽ち竦み上がってその場に固まった。
――馬鹿だ、私。
今更ながらにヴォルデモートの言葉が胸に刺さる。今の私は足手まといも甚だしい。帰りたいとまで思ってしまった自分は、闇陣営にいる価値すらない。
――だから闇の印も、付けて貰えなかったんだ。
どんなに懇願しても聞く耳を持って貰えなかった理由も頷ける。こんなやつは駒以下だ。――でも。だったら。弱いやつは嫌い。使えないやつはもっと嫌い。そう口癖のように言うヴォルデモートの傍にいるためには、私はどうすれば良いの?
閃光はもう目の前に来ていた。嗚呼、私は結局何も出来ずに死ぬのか。瞳を閉じてそう思うと、自然と自嘲に似た笑みが零れ落ちた。
「………」
何秒経っただろう。来ると思っていた痛みは無く、不審になって瞼を持ち上げた。見ると目の前にいたのは私を殺そうとした闇払いではなく、殺す程の剣幕で仁王立ちするヴォルデモートだった。
「何をやっているんだ!」
物凄い形相で怒鳴るヴォルデモートに、私はビクンと体を強張らせた。見付かった。怒られた。嫌われた。謝らなきゃ、と思うのに、声が出ない。どうしようどうしようと思っていると、眉間に深い皺を寄せたヴォルデモートが私をじっと見つめていて。
「ヴォ…「サラ、」」
気付いたらぎゅうっと抱きしめられていた。ヴォルデモートの温もりが温かい。強いけど優しい腕に、瞳から涙が一筋流れ落ちた。…嗚呼、すぐ泣く女も嫌いだと言っていたのに。
「――…無事で良かった」
搾り出すようにそう、ホッとしたような口調で囁くヴォルデモートに、胸がきゅうっと締め付けられる。
「ごめん、なさい……」
吐き出したのはか細い声。綺麗な額に皺が寄る。不意にヴォルデモートは両肩を掴んで、距離を空けて私を見つめた。真っ直ぐに注がれる瞳はいつもと違う。闇の帝王として君臨するいつものヴォルデモートじゃない。ドキンと心臓が大きく脈打つ。
「……阿呆が」
ぶっきらぼうにそう紡いで、ヴォルデモートは眉をハの字に傾ける。
「お前は死喰い人じゃない。素直に私に護られていろ」
優しく吐き捨てたヴォルデモートの言葉が、頭の中でぐるぐると旋回した。でも、だって、
「私はヴォルデモートが好きで、貴方の傍にいたいけど…!でもそのためには、強くて使える女にならなくちゃいけないでしょ…っ?」
泣き崩れるようにそう言うと、今度こそ糸が切れたように、ヴォルデモートは力任せに私を抱きしめて囁いた。
――…阿呆、
とっくに惚れてる
好きな女には傷を付けたくないし、護りたいと思うんだよ。
戒めるように諭されて、念押しとばかりにキスされた。