もっと素直になれよ
いつも1番のライバルだった。事あるごとに張り合って、いつも僅差で私が負ける。どんなに下らないことでも、私の前にはいつもあいつが居た。もしかして私、あいつに勝ったことないかも…と、そんなことを思いながら、目の前の2人をぼんやりと眺めていた。
「我が君、その任務は是非私に」
「嗚呼、お前なら大丈夫だろう。任せたぞ」
ヴォルデモートに太鼓判を押されたベラトリックスは、嬉しそうに口角を上げていた。こちらが思わず鳥肌が立ってしまうような甘い声でヴォルデモートに話し掛けるベラは、私を見付けると勝ち誇ったような眼差しを向けた。私は思わず溜息を吐いてヴォルデモートを見詰める。
「…ヴォルデモート、ルシウスが呼んでたわよ」
私の呼び掛けに「嗚呼、判った」と私の元へ来たヴォルデモートの後ろで、ベラが厭らしく笑う。私に負けるなんて微塵も思ってない顔だ。思わず眉間に皺が寄る。
「…どうした。不機嫌な顔をして」
そんな私を見て、心配そうに覗き込んできたヴォルデモート。吸い込まれそうなその双眼を直視出来ずに、私は思わず目線を逸らした。
「別に。いつもこんな顔だもん」
やさぐれ気味にそう吐き捨てると、ヴォルデモートはやれやれ…と溜息を吐いた。ポンっと頭上に置かれる手は、冷たいのに酷く優しくて。
「…可愛くないな」
困ったように笑って、ヴォルデモートは私を置いてルシウスの元へと足を進めた。
…判ってるわよ、そんなこと。だから苦労するんじゃない。
自嘲気味に吐き出した言葉は、勿論ヴォルデモートには届かずに霧散した。
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目の前の光景に、思わず物陰に隠れた。深呼吸をしてそっと様子を伺うと、ヴォルデモートの体に艶めかしく寄り添うベラの姿があった。
「我が君…」
甘い声で、甘い仕種でヴォルデモートを誘うベラ。やめて、そんな声でヴォルデモートを呼ばないで。そんな手つきで触れないで。今すぐにでも出て来てそう叫びたいのに、私の手足は使い物にならなかった。ただただ2人を見詰めることしか出来ない自分に、ギュッと唇を噛み締めた。
「悪いが、私はお前をそういう風には見れない。…帰れ」
冷たく言い放つヴォルデモートに、ベラは項垂れて自室へと戻って行った。そんな光景を見て、思わずホッとした私。…でも、もし私が同じことを言われたら。想像しただけで涙腺が緩み、暫くその場で固まっていた。
「…おい、いつまでそんなところに居るつもりだ」
気付いたら目の前にヴォルデモートが居た。呆然と立ち尽くしていた私は、どうやら近付いてきたヴォルデモートにも気が付かなかったようで。
「ヴォルデモート…」
そっと呟いた。間抜け面をした私に、ヴォルデモートはふっと微笑む。
「何だ、どうかしたか?」
片眉を上げて微笑むヴォルデモートに、何かが溶けるように心がホッとした。気付けばポロポロと涙が零れていた。拭っても拭っても溢れ出して止まらない。ゴシゴシと目尻を赤くする手を、不意にヴォルデモートに掴まれた。
「何が泣くほど悔しいんだ」
抱きしめられて、耳元で紡がれた。低く響くこの声は、まるで私の鎮痛剤のよう。
「私、ベラに勝ったことがないの」
喘ぎながらそう紡ぐ私に、ヴォルデモートは眉間に皺を寄せる。
「…本当に、ベラトリックスに負けてると思っているのか」
戒めるように囁いたヴォルデモートは、私を更にギュッと抱きしめた。
…そう、だ。彼のことを『ヴォルデモート』と呼んで良いのは私だけで。こんなにも優しい表情を見せてくれるのも、きっと私だけ。ねぇ私は、貴方にとって特別だって思っても良いの?
嗚咽で上手く声が出せない代わりにギュッと抱きしめ返したら、頬を伝う涙を舐め取るように、ヴォルデモートがキスをした。
「…判ってると思っていたんだがな。……好きだ、サラ」
半ば自嘲気味にそう囁いた彼に、私は「…うん」とそれだけ搾り出した。言いたいことはもっと沢山あったはずなのに、ただ彼のシャツを濡らすだけの私を見て、ヴォルデモートは苦笑しながら呟いた。
もっと素直になれよ
ベラトリックスほど素直になれとは言わないから、泣く前に私のところに来い。
優しく諭すヴォルデモートに、私はコクンと頷いた。
(ねぇ、お願い。意固地で脆くて頑固者で、「好き」のただ一言も言えない私だけど、こんな私でも、どうか愛してくれますか?)