ルールメイトにご用心
ただでさえ嫌いなんだ。この顔は。
「お前、サラのこと好きだろ?」
――勘弁してくれ。
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「どうかした?何か機嫌悪いみたいだけど」
「ほっとけ」
無愛想に返した僕の言葉に、サラはむ、と頬を膨らませた。
――どいつもこいつも。
毒付いた言葉は辛うじて体内に留まった。無言で歩き出した僕の隣を、サラも小走りでついて来る。苛々しているのが伝わっているのか。サラは何も言わない。
暫く歩いて、不意に隣を見ればサラと目が合った。大きな瞳が真っ直ぐに僕に向けられて、思わず目を逸らした。
「……、」
「おーい、サラ!」
出かかった言葉は、声になる前にアブによって掻き消された。いつものように口角を上げるアブは、楽しげにサラとの会話を広げていく。
「お前、サラのこと好きだろ?」
不意に、昨晩のやり取りが脳裏を過ぎった。
「別に。友達としてか?」
「お前から“友達”なんて単語聞けること自体もちょっと驚きだけどな」
「…何が言いたいんだよ」
「俺が貰って良い?……サラ、」
隣でアブと笑顔で話し込むサラを見詰める。屈託のない笑顔が偶然僕の瞳を掠めた時、何かプツンと切れる音がした。
「え!?リドル!?」
気付いたら細い手首を掴んで、力任せに引っ張っていた。どんどんと速度を上げる僕に、サラは足を絡ませないようにするのが精一杯だ。いつの間にかサラの後方に立つアブは、顔こそ見えなかったが、どんな表情をしているか判るような気がした。
「どうしたの?」
足を止めない僕の背中に、サラの問いが投げ掛かる。聴こえないふりをして歩き続けた。
続く沈黙。耐え兼ねたように、言葉が口を出た。
「――好きだ、悪いか」
投げやりな言葉にサラは目を見開いた。訳が判らないとばかりに間抜けな顔をする。――が、こっちももう後には引けない。堕ちるならとことん堕ちてやる。
「な…に、」
「嫉妬したんだよ、今。アブと楽しそうに笑うお前見て」
足は止めない。顔も見ない。呟くように廊下に吐き出した。
――サラの何気ない仕草が好きだと気付いたのはいつからだろうか。照れると伏し目がちに笑うところや、周囲の雰囲気を即座に読み取る濃やかさ。いつのまにか彼女の小さなこと全てが、僕を魅了していた。
しかしそこで、僕はチ、と舌打ちをする。らしくない自分を見るのは好きじゃない。闇魔術に興味を持つ、しかし表向きは完璧な優等生。僕にはそれだけで良い。それだけで。
――サラに恋をしているなんて。
認めたくなかったから蓋をした。認めたら負けたような気がして。だけど認めざるを得なかった。アブに向けるサラの笑顔を見たら。
そんな顔をするなよ。
真っ先にそう思った。こっちが目を瞑りたくなるような輝く笑顔を、アブに向けるなと。――お前を狙ってる男にそんなもの見せるなと。そんなこと言う資格なんてないこと自体、判ってはいるのだけど。
足を止めた。肩を掴む。華奢な体を優しく扱う方法なんて、僕は知らない。真っ直ぐに僕を見据える瞳に、今度は吸い込まれるように――
「好きだ。――嫌なら避けろ」
そう言いながら、逃げることなんて許さないと思っている自分がいた。逃げたらどうしようかと思案している内に、距離は縮まった。重ね合わされた唇が、熱を帯びる。
「…返事は言わせて貰えないの?」
終わった瞬間に体ごと離れた僕に、サラが投げ付ける。怪訝な顔をして眉を潜めた僕を見て、思わず吹き出したサラ。その顔を見て――嗚呼、くそ。
好きだ。
「私も」
まるで僕の心の声が聴こえたかのように。そう言ってサラが僕に抱き着いた。珍しく狼狽する僕に、これは追い撃ちでもかけているんだろうか。
「好きだよ、リドル」
耳元で紡がれて、反射で抱きしめた。小さなサラは僕の腕の中にすっぽりと収まる。
「……独占欲強いんだね」
「悪いか」
「ううん、嬉しい」
私も独占しちゃうからね。
そんなこと言われたら。再び距離を縮めようとして、目の前の景色に唖然とした。
ルールメイトにご用心
そのときの奴の顔を、僕は多分一生忘れられないだろう。
(……、)((チ…)…何だよその顔は。言いたいことがあるなら言ってみろ)(え?言って良いの?)(やっぱりやめろ。喋るな。ていうかどっか行け。空気読めばかアブ)(はいはい。部屋でゆっくり待ってるよリドル)((くそ野郎…!))