「今回の報告書です」

 綺麗に揃えられた書類を手渡したアイズは、上司である母をちらりと窺った。
 母は丁寧に書類をめくりながら、ゆっくりと目を通している。やがて最後の頁を見終わった彼女は、捺印を押して書類をファイルに挟んだ。

「いつもよくやってくれるわね。ありがとう、アイズ」

 普段から厳しい母に、珍しく優しい言葉をかけられ、アイズはなんとも言えない気持ちになった。





14君に貰った一輪の花






 カツカツと、渡り廊下を歩きながら、アイズは小さくため息を吐いた。
 いつも厳しい母からの、思いもよらなかった言葉。どうしてだか頭から離れない。これはつまり、嬉しいという感情だろうか。
 ふと、視線を足元から渡り廊下の右手にずらす。平和の象徴のごとく、鳥が羽ばたき、もう見飽きた薔薇の花が地面を覆い尽くすように咲き乱れる。その隣に広がる池すらも、静かに水面を揺らしていた。
 昔から、綺麗なもの程壊したい衝動があった。もう子供ではないので、薔薇の花を踏み倒すことも、静かな水面に飛び込むことも、今となっては出来ないけれど。

「アイズ兄さま!」

「セシル」

 聞き覚えのある声に振り向けば、妹であるセシルが顔が見えなくなるぐらいに両手いっぱいに青い花を抱えていて、思わずクスリと笑いが零れた。

「クォーツェルの庭園にクロッカスが綺麗に咲いたの。母さまとシンシアの部屋に飾ってあげようと思って」

「そうか。セシルは偉いね」

 優しくセシルの頭を撫でながら、アイズは無表情をようやく柔らかいものにした。セシルもアイズの心地よい手を嬉しそうに受けていたが、はっと思い出したように飛び跳ねた。

「じゃ私、母さまとシンシアのとこ行くから。またね!」

 屈託のない顔で笑って、セシルは元気よく駆け出して行った。そのまま母の部屋がある方向まで突っ走って行くかと思われたが、セシルはふと足を止めて、くるりと振り向きアイズの元へ戻った。

「アイズ兄さまにもおすそ分け」

 どうぞと差し出された花に、アイズはにこりと笑って受け取った。
 たった一輪ではあるが、それでも尚美しく、青い色は吸い込まれるように深い。しばらくぼんやりとそれを見つめていると、セシルがじっとこちらを覗き込んで来た。

「……母さまを悲しませるようなこと、しちゃ駄目よ」

 懇願するような声音だが、濃灰の瞳に宿るのは、鋭い光。その表情は、母が自分を叱り付けるときの顔とあまりにも似ていて、アイズは思わず体がギクリと震えた。
 短い沈黙がその場を支配する。何も言わないアイズにセシルは肩を竦めると、また体を戻して駆け出して行った。

「――母さんは悲しまないよ」

 ぱたぱたと去り行くセシルの後ろ姿を見送りながら、アイズは自嘲するように呟いた。
 母は強く厳しい人。王家に害を成す者は、親兄弟だろうと娘息子だろうと、迷うことなく断罪するのだろう。
 ――さて。その母の血を最も色濃く受け継いだセシルはどうだろうか? 彼女は罪人が肉親でも、その手を汚すことは出来るだろうか?
 ふと、手に持ったクロッカスを見る。美しく咲いた青い花は、全てを見透かしているように揺れる。
 アイズはそれを無表情で池に投げ捨てた。音もなく波紋を描き、クロッカスは池の上をくるくる回る。
 それに一瞥を送ることなく、彼はその場を立ち去った。




*…*…*

クロッカス
花言葉は【私を裏切らないで】

拍手ありがとうございます。
クォーツェルの次兄と末妹。
アイズは非常に複雑な思考と感情の人なので、書きにくいですな。



お題拝借
千歳の誓い


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