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今日が良い日か悪い日かというのは、だいたい一日の始めに気付くものである。まず決め手その一。朝の目覚めである。朝きちんと目覚ましを止めて起きることができればまあまあ好調だが、目覚ましを止めてそのまま二度寝、なんてことになったらそれは最悪な一日の始まりなのである。
そして現に今の私がその状態だ。いつもより一時間早く目覚ましをセットしたのが徒となったらしい。

「起こしてくれたっていいじゃん!」

「夜遅くまで雑誌なんて見てるからでしょ。」

「あああもう間に合わないよ!」

母との口論を交えつつ、朝の支度は進んでいく。学校は八時半からで、今の時刻は八時。トイレ行って顔洗って着替えるのに十五分、超高速でパンを食べるのに五分、家から学校まで歩いて十五分、走って十分といったところか。ここは朝食を抜いて行くのが安全策だ。

私はなんとか八時十五分に家を出ることに成功した。ご飯食べてから行けたじゃないか、と思うかもしれない。しかし私は走って学校に行くぐらいなら朝飯を抜く方がマシだと思っている。要するに走りたくないのだ。これなら普通に歩いて間に合うはずだ。

しかし家から出て少ししたところで、私は上履きを家に忘れたことを思い出してしまった。何を思ったのか、昨日私は、上履きを家に持ち帰って洗ったのである。慌てて時計を見ると八時二十分少し前だった。今から戻っても間に合わないだろう。本気で走れば間に合うが、本気で走るぐらいなら売店で上履きを買う方が得策だと思えてきた。歩きながら悩んだ末に、私は学校の近くの学校専属の売店で上履きを買うことにした。

しかしまた悲劇は起こった。

「上履きMサイズ一足、八百円です。」

私の財布の中身は五百円と少しだった。私は暫く口をぱくぱくさせたが、「あ、お金、いいです……」という支離滅裂な言葉を店員に言い残して売店を出た。今日は靴下で一日を過ごすことになりそうだ。先生に怒られませんように。

これがいわゆる“詰んだ”という状態なのだろう。売店でのロスタイムもあり、時刻は八時二十五分。走らなければ間に合わない。私は泣きそうになりながら小走りで学校へ向かった。よりによって、わざわざ今日が厄日じゃなくても良いのに……。

今日、三月十四日はホワイトデーだ。バレンタインデーにチョコを貰った男子が、女子にその恩を返す日である。バレンタインデーに本命チョコをあげた人たちにとっては勝負の日、まさしく天下分け目の戦いの日なのである。そんなことから、今日という日は幸せになれる人と不幸になる人の格差が激しい。そんな日に朝からこれである。不幸になるに違いない。

私はバレンタインデーに、ある人に本命チョコをあげた。直接ではない。その日の放課後、廊下に誰もいないことを確認し、彼のロッカーにサッとチョコを放り込み、そのまま逃げるようにして学校を出た。名前は書かずにイニシャルだけを書いたので、私かどうかわからないかもしれないけれど。

彼は私の学校の生徒会長だ。理事長の息子でもあり、頭脳明晰でかっこよくて運動もできて、とにかくケチの付けようがない。私は一応生徒会に入っていて彼のことを知っているが、向こうは一々下級生を把握していないだろう。だから、私の名前を知っていなくても当然だろう。

チョコの差出人が私だと気付いて欲しいような、欲しくないような。会長が私と付き合ってくれる訳がないことぐらい重々承知だが、少しぐらい夢見てもいいではないか。
だから私は昨晩、雑誌でメイクの勉強をして、今日の朝はいつもより一時間早く起きて化粧を頑張ろうと思っていたのだ。しかし現実はそう上手くは行かない。化粧を頑張るどころか、寝坊してノーメイクである。

学校の手前の信号。赤が長いことで有名な信号である。私は目の前をビュンビュンと通り過ぎる車を目で追いながらひたすら信号が変わるのを待った。
車が止まった。車側の信号が赤になったのだろう。私は心の中で足踏みを始めた。

その時である。私の視界は、車道を挟んで反対側、つまり学校の正門の前の男女二人組を捕らえたのだ。私の学校の制服である。それは、すごく可愛い女の子と、会長だった。

「白哉の馬鹿!なんで私じゃ駄目なのよっ!」

女の子は怒鳴っていた。どうやら修羅場らしい。私はその場で石膏のように固まったまま聞き耳を立てた。

「お前に気がないということだ。バレンタインのお返しは、好きではない奴にはしないと決めている。」

「私の何がいけないの?悪いところは治すから、ね、お願い!」

どうやら女の子の方が会長にバレンタインのお返しをさりげなく貰おうとしたところ、やんわりとフラれたのだろう。とんでもない場面に遭遇してしまった。

「他に好きな奴がいる、それだけだ。」

「その子とは、付き合ってるの?」

「いや、まだだ。」

「まだって……随分と自信満々なのね。」

私は開いた口が塞がらなかった。あの会長に、好きな人?私はあまりのショックで目の前が真っ白になった。まあ、仕方ないか。元々負け戦だったし。付き合えるなんて思ってなかったし。
五秒ほどぼんやりしていたが、女の子が会長の頬にビンタを食らわせて泣きながら走り去ってしまった所で私はハッとした。信号に目を向けると、赤だった。どうやら私が修羅場を見ている間に青信号を一つ見送ってしまったらしい。ああ、これはもう遅刻大安定。

漸く長い長い赤信号が青に変わった。しかし私はまた渡るのを躊躇った。会長がまだ正門の所に立っているのである。まさか会長は自分にチョコを渡した人全てを把握し、片っ端からフッているのではなかろうか。そんな考えが頭を過ぎった。会長に直接フラれたら、もう二度と生徒会には顔を出せなくなる。精神的に。

でも、背に腹は替えられない。正門を通らなくては学校に入れないのだ。私はロボットのようなカチカチの足取りで横断歩道を渡った。そして、正門付近で大きく息を吸い、息を止めて歩いた。それ程必死だった。

「桜倉、お早う。」

「……!?え、あ、おはようございます!」

思わず声が裏返る。話し掛けられた途端、耳まで熱くなったのが自分でもわかった。

「もう授業開始一分前だぞ。」

「あっ、はっ、申し訳ございません!」

「今日の放課後、生徒会室集合だ。」

「はっ、はい!」

会長は授業大丈夫なのかな?とか、何故ここに?とか、生徒会活動は今学期終了では?とか、会長私の名字覚えててくれたんだ!とか、色んなことが頭の中でぐるぐる回っていたけれど、とりあえず私は会長に一礼して校庭を全速力で横切って校舎に飛び込んだ。同時にチャイムが鳴る。心臓がバクバクしているのは、走ったためではなく、会長と朝から話してしまったことの方に大きな原因がありそうだ。

上履きの入っていない下駄箱をスルーし、校舎の階段を駆け登る。革靴を下駄箱に入れるのを忘れてそのまま履いてきてしまったことに気付いたのは、私が慌てて教室に駆け込んだところを先生に指摘され怒られた時であった。本当に今日は厄日だ。


私が今日が人生で一番良い日だと気付くのは、履いてきた革靴を下駄箱に戻しに行き、下駄箱の中で綺麗にラッピングされたチョコレートと“桜倉唄様へ、朽木白哉より”と書かれたカードを見付けた時であった。



(ヘブンズゲートはこちらから)


111207