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ずっとしてきたことだ。自分を好きになった奴はみんな獲物。たくさんそいつを利用して、貢がせて貢がせて、最後に捨ててやるんだ。遊郭にやってくる男なんてみんな馬鹿で、私が猫撫で声であなただけは特別なの、と言えばホイホイと金を注ぎ込む。そいつの金がなくなりそうになったら、あとは捨てるだけ。好きじゃなくなったの、ごめんなさい。ただ、そう言うだけ。

そんな私にとって、絶好の獲物がやってきた。おそらくこの瀞霊邸内に彼を知らない人はいないであろう。大貴族の御当主様であり、護廷十三隊六番隊の隊長。おまけにあの美貌だ。これは良いカモになるだろう。すっかり私に惚れ込んだ彼は、何でも買ってよこした。共に街に出て、あれが欲しいと言えば財布の紐は緩む。代価は私の体で払う訳だろう、そう思っていたが、彼は私を抱いたことはない。ただ毎日のように遊郭へやってきて、とりとめのない話をして、お金を払って帰って行った。

私は一度、その理由を問いてみた。何故、金を払っているのに私を抱かないのか、と。それでは遊郭の意味がない。今までの客には、本当に気持ち悪い人だっていた。この人のような美形は見たことがない、彼に抱かれるならむしろ大歓迎だ。すると彼は、こう答えた。

「私は、お前を心底愛している。」

「嬉しい、私もよ。」

完璧な笑顔を作り、彼の腕に擦り寄った。見上げると、彼は小さな微笑みを見せた。本当に、綺麗な人。

「だからこそ、手が出せぬ。」

「どういうこと?」

「お前の気持ちが私のものになるまで、手は出さぬ。」

「何言ってるのよ白哉、私、あなたを愛してるわ。」

私の言葉を聞いて、白哉は寂しそうに笑った。何故寂しそうなのか、わからないけど。何故って、私は人の気持ちというものがよくわからない。考えたこともないから。私の気持ちが彼のものになるまで、ですって?馬鹿な人。それじゃ一生無理じゃないの。でも私の演技は完璧だ。彼もいつか、他の男のように勘違いをする馬鹿の仲間入りだ。

しかし彼は、一向に私を抱こうとしない。何度誘っても、好きだと言っても、何をしても。季節は一周して、彼が遊郭に来てちょうど一年。何故か彼は、ピタリと遊郭にくるのをやめた。一週間が過ぎて、一ヶ月が過ぎた。私はその日、街へ一人で来ていた。寒い寒い冬の風。貢がせた高級な羽織りを身に纏いながら。

その時すれ違った人は、懐かしい、あの人。私は振り返った。彼もどうやら私に気付いたらしい。交際する視線の隅に、小さな女性が目に入った。白哉のとなりのその女性は、私たちの空気を察してか、一歩身を引いた。

「白、哉……?」

「久しいな。」

そう言った白哉は、一ヶ月前となんら変わりはない。ねえ白哉、その、隣の女、誰?

「どうしたのよ白哉、ずっと来ないから心配して……」

「すまぬ、恋人ができた。」

今、なんて?恋人は、私でしょ?何度だって言ったじゃない、好きだって。愛してるって。なんで、それなのになんで?

「お前は結局、私を愛してはくれなかったな。」

「何言ってるの、私はあなたの……」

「私はお前を愛していた、だからこそ、お前の演技を見破ることができた。」

「何を言って……」

「だが、今は他に愛すべき者を見付けたのだ。」

隣にいた女性の姿は消えていた。空気を読んだのだろう。他の愛すべき者って、あの女?ねえ白哉、なんで?そんなの悔しいじゃない。あなたがいなくなって、私はとても寂しくて。他の客がきても相手をする気になれなくて、ずっとあなたのことばかり考えてたのよ?いつか戻ってきてくれるだろうって思ってた。でも我慢できなくて、今日、あなたに会うためにわざわざ朽木邸に行こうとしてたところなのよ?

「白哉は、しあわせ……?」

私じゃあなたを、幸せにはできませんか?今まであなたがくれた愛の分、全力で愛するから。だからお願い、私にもう一度、チャンスをください。
目の前の白哉は、以前私に見せたようなふわりとした笑顔を浮かべて言った。

「ああ、幸せだ。」

「うん、それなら、いいんだ……。」

彼の笑った顔がまぶしすぎて、思わず下を向いた。すると、落ちてきた白い粒に気がつく。雪、だろう。

「すまぬ、緋真を待たせたままだ、あ奴は体が弱くてな。」

「……うん、引き止めちゃってごめん、ね。」

ひさな、って言うんだね、彼女。きっと、白哉を幸せにする人の名前。私なんか比べものにならないくらい、いい人なんだろうな。私が白哉にひどいことしてきた分だけ、優しくしてくれる人なんだろうな。

「白哉、幸せになってね。」

「ああ。」

くるりと体の向きを変えて、元来た道を走り出した。今日の用事はなくなった。雲に覆われて行く空のように、気付いてしまったこの心も、覆い隠してほしい。
走ってるうちに、私が戻る場所なんてないように思えてきた。だってそうでしょ、心をもった遊女なんていらない。人の心がわかる遊女なんて、生きていけるはずがない。いつか自分が与えてきたその悲しみに、押し潰されてしまうから。

ほんとに私は、今まで何をしていたのかな。失った存在意義は、やがて立ち込めた雪雲に覆われて見えなくなった。



(雲隠れ)


090525